2.4.4. より高深度の眼:深度3および深度4の眼

 これまで見てきたようなS字波のレンズを使った局面分析は、さらに深度を上げて、国家化や産業化や情報化の各小局面に適用したり(深度3の眼)、さらにそれらの小局面自体の内部に分け入ったりしていく(深度4の眼)ことができる。

 たとえば、第一次産業革命(一七五〇-)は、製鉄業と蒸気機関によって「出現」(一七五〇-)し、綿工業によって「突破」(一八〇〇-)し、鉄道業によって「成熟」(一八五〇-)したが、二十世紀後半以降は「定着/衰退」しつつある、という見方は十分意味をもつように思われる。
 同様に、第二次産業革命(一八五〇-)は、少なくともその先発国となったアメリカでは第一次産業革命の成熟と重複しながら、重化学工業と電力・石油産業およびその軍事利用によって「出現」(一八五〇-)し、合繊やプラスティックスのような人工素材および乗用車や家電製品のような消費者用機械産業(加工(アセン)組立て(ブリー)産業)とその民生利用によって「突破」(一九〇〇-)し、娯楽・教育・医療・法務・金融・観光・流通などのようなサービス産業によって「成熟」(一九五〇-)した後、二一世紀に入って「定着」しつつあるという見方ができそうだ。
 また、二〇世紀後半以降のアメリカの第三次産業革命は、ハードとソフト両面でのコンピューター産業(情報産業)が主導する形で「出現」(一九五〇-)し、 *1 今日いよいよその「突破」局面(二〇〇〇-)に入ろうとしているようだ。突破局面を主導する新産業の候補としては、一九九〇年代には通信産業があげられがちだったが、二一世紀初頭のインターネット・バブルの崩壊とそれに続いた通信不況によって、そのような見方はほとんど一掃された。 *2 それに代わって、日本では「情報家電」――最近では「デジタル家電」や「ネット家電」ともいう――や「情報自動車」が次の主導産業になるという見方が支配的である。もちろん、今後家電や自動車の情報化というかコンピューター化が進むこと自体は疑いないだろうが、それらを新局面での主導産業とみなしてよいかと考えると疑問は残る。私には、そうした見方は第二次産業革命の突破局面での追いつきに成功した日本の独自の見方ではないかと思われてならない。他方、米国ではむしろ娯楽・ニュース産業の延長線上にある「コンテント産業」への期待が強く、知的財産権の強化につぐ強化の試み *3 がなされているのも、同じ文脈の中で理解することができるだろう。だが、これも日本の場合と似て、第二次産業革命の成熟局面でのアメリカの成功体験にひきずられている面が強いのではないだろうか。
 これに対し、より興味深いのは、全米科学財団が最近のレポート *4 の中で示している、次の主導産業はBNIC、すなわち、バイオ、ナノ、情報、認知技術にもとづく産業だという見方である。私もそれに賛成したいが、ただしこれらの産業の主導産業としての位置づけは、第二次産業革命の突破局面における人工素材産業――合成肥料や染料、薬品、繊維、あるいはプラスティックス等――に対比すべきもののように思われる。いいかえれば、これらの産業に加えて、第二次産業革命の突破局面における消費者用機械産業に似た産業が、第三次産業革命の突破局面におけるもう一つの主導産業――いや経済全体へのインパクトは素材産業よりもより大きい産業――になるのではないか。その候補としては、日本の新ロボット産業や、アメリカのMITビッツ・アンド・アトムズ研究センターのニール・ガーシェンフェルドが構想している個人用万能工作機械――つまり購入してサービスを自家生産する、消費者用機械というよりは消費者用機械そのものを製造できる機械――産業などが、今後十年から三十年にわたる期間を考えてみると、より有力なように思われるが、この点については次章でより詳しくとりあげることにしよう。

 ところで、第一次産業革命もそうだが、とりわけ第二次産業革命の進展には、国による時期や進み方の違いが顕著である。たとえば、ロシアと日本は、アメリカよりほぼ半世紀遅れて――つまり二〇世紀の前半になって――第二次産業革命の「出現」局面に入り、産業の重化学工業化や軍需産業化にはそれなりの成功を示したが、ロシア・ソ連の場合は、第二次大戦後のポスト・スターリン時代の共産党指導部の大々的なキャンペーンにもかかわらず、第二次産業革命の「突破」、すなわち消費者用機械産業の展開には今日まで成功できないまま、ついに社会主義的計画経済体制そのものが崩壊してしまった。 *5 これに対し、日本は、敗戦の後で重化学工業の民生化に努め、化学工業はともかく消費者用機械工業(乗用車と家電)については、二〇世紀の後半、アメリカに追いつき追い越すことに成功した。しかし、ここで日本は「モノ作り」の成功に奢り、当時のアメリカがサービス産業を主導産業とする第二次産業革命の「成熟」局面に入っていたことの意味が十分理解できず、アメリカの産業化全体が衰退局面に入ったと思い込んでしまったのではないだろうか。もちろん、日本でも経済の「サービス化」や「ソフト化」が進み始めたという理解がなかったわけではないが、 *6 それはごく不十分なものにとどまった。そのため、二一世紀前半の日本は、第三次産業革命の「突破」を達成すると同時に、宿題として残された第二次産業革命の「成熟」(サービス産業化)にも努めなくてはならないという二重の課題を抱える結果となっている。二一世紀の日本がそれに成功するのか、それとも二〇世紀後半のソ連のように、仕残した宿題をやりとげられないまま長期的停滞の渕に沈んでしまうかは、歴史だけが知っているのかもしれない。
 他方、中国の場合は、アメリカよりもほぼ百年遅れの二〇世紀後半になって第二次産業革命(および第三次産業革命)の過程をようやく本格的に開始し、一気の蛙飛びによって消費者用機械工業とコンピューター産業を開花させることに成功した。今後の中国が、第二次産業革命の「成熟」(サービス産業の展開)や第三次産業革命産業革命の「突破」(後述する新主導産業の展開)、さらには第一次情報革命の「突破」などの重複する課題にどこまで答えていけるのか、これまた興味津々たる見物といっていいだろう。 *7


 以上は深度3の眼による分析を産業革命に適用した例だが、同じ眼を、第三次産業革命とほぼ時を同じくして始まった第一次情報革命(情報化の出現局面)にも適用してみるならば、それは、二〇世紀の後半に、まず従来の組織やそのメンバーとしての個人とは、質的に異なる行動様式や意識をもつ新しいタイプの組織や個人の台頭という形をとって「出現」したとみることができる。すなわち、これまでの国家(とその政府)でも営利企業でもない、NGO(非政府組織)、NPO(非営利組織)、CSO(市民社会組織)などと呼ばれるタイプの組織や、テクノクラートとかハッカーとよばれる高度の知力の持ち主たちがそれである。そして第一次情報革命は、二一世紀に入って、いよいよ「突破」の局面に入りつつある。このような新局面の到来は、これまでは自分(たち)が面白い、正しい、美しい、善いと考える目標をかかげて賛同者を集め、その実現に努めていた組織や個人たちが、そうした活動を抽象的で一般的な説得・誘導力としての「智」の意図的な獲得と発揮のための社会的ゲーム(智のゲーム)だと考え、その自覚的なプレーヤーになると同時に、そのルールやプレーの場などを整備して行こうとする流れの拡大として、認知できるようになるだろう。つまり、第一次情報革命の「突破」は、智のゲームの普及の形で起こると考えられるのである。

 このような分析は、さらにもう一段深度を上げて――深度4の眼で――行うことももちろん可能である。たとえば、第三次産業革命の「出現」局面(一九五〇-)を主導したコンピューター産業は、まず大型機産業として「出現の出現」(一九五〇-)を、続いてダウンサイジングによって「出現の突破」(一九七五-)を果たし、さらにユビキタス化によって「出現の成熟」(二〇〇〇-)を果たそうとしているとみることができるのではないだろうか。 *8
 そこで、次章では、もっぱらここでいう深度4の眼によって、第一次情報革命および第三次産業革命の出現局面を、智民とコンピューターの共進化という観点に立ってより詳しく分析し、その中での「共の原理」の台頭について考えてみたい。

*1 : コンピューター産業が主導産業となる第三次産業革命の出現局面は、時期的にはサービス産業が主導産業となる第二次産業革命の成熟局面と重複している。したがって、その両者の間には密接な相互関係があって不思議はなく、新サービス産業の発展にとって、情報技術が重要な役割を果たしてきたのは、むしろ当然のことというべきだろう。

*2 : 私自身も、公文[二〇〇一]では、マーティン・フランスマンなどの研究に依拠しながら、「新情報通信産業」が第三次産業革命の突破局面での主導産業になると想定していたが、その後考えをあらためた。

*3 : スタンフォード大学の憲法学教授ローレンス・レッシグの指摘によれば、米国の場合、著作権法が制定されてから一五〇年間は、著作権の期間を議会が遡及的に延長したのは二回だけだった。ところがそれに続く四〇年間には、なんと一一回もそうした延長が行われたという。「そのそれぞれは、ミッキーマウスがパプリック・ドメインに入りそうになると、ミッキーマウスの著作権が延長される形で実現されているといってもほとんど過言ではない(レッシグ[二〇〇三]、一七一ページ)。ただし、ようやくごく最近になって、日本はともかくアメリカやヨーロッパでは、知的財産権(著作権や特許権)の過度の強化に対しては、反省が見られ始めている。

*4 : Roco/Bainbrigdge[二〇〇三]。

*5 : ソ連はこの同じ二〇世紀後半の時期、第三次産業革命の「出現の出現」にあたる大型コンピューターの開発と利用においては善戦したものの、「出現の突破」にあたるコンピューター産業のダウンサイジング局面にはおいては、米国に大きく水をあけられてしまった。

*6 : たとえば、大平内閣の首相補佐官をつとめた長富裕一郎らによって経済のソフト化、サービス化の傾向を理論的に分析して、政策提言に結びつけようとする「ソフトノミクス」の提唱は一九八〇年代の初めに行われている(長富[一九八三])し、日下公人を理事長(現会長)とする財団法人、ソフト化経済センター(http://www.softnomics.or.jp/others/whatis.htm)も一九八四年に設立されている。また一九七六年以来ヤマト運輸が先鞭をつけた宅急便は、日本にも第二次産業革命の成熟局面への移行の努力が行われていたことを示す貴重な事例といえる(小倉[一九九九])。しかし、総じていえば日本経済がとりわけ金融や医療、教育、港湾、建設産業などのサービス化におおきく遅れをとったことは否定しがたい。

*7 : 中国の近代化、とりわけ産業化の動向に対する深い洞察に基づく評価と、日本の取るべき対応についての示唆に富む指摘については、津上[二〇〇三]を見られたい。

*8 : もちろん、ここでも分析の深度をさらにあげることは可能である。たとえば、コンピューター産業の出現局面にあたる、メーンフレーム・コンピューター産業それ自体について、その出現・突破・成熟を分析するのは深度5の眼にあたる、等々。

目次

第一章:自前主義と創発する革命
1.1. ディーン・フォー・アメリカ
1.2. イトーの唱える創発民主制
1.3. 住民プロデューサー
1.4. J-Kids大賞
1.5. オープンソースと共の理念

第二章:社会変化を捉える眼
2.1.1. 社会変化のS字波
2.1.2. S字波に関する注記:
2.2.0. 近代化過程へのS字波的視点の適用
2.2.1. 深度0の眼:諸文明の継起
2.2.2. 深度1の眼:近代化の三局面
2.3.3. 深度2の眼:近代化の三局面のそれぞれを対象とする分析
2.4.4. より高深度の眼:深度3および深度4の眼
2.3. 日本の西欧型近代化

第三章:共進化する智民たちとコンピューター
3.0. (前章における「S字波のレンズ」を通じて社会変化過程を見る眼についての整理)
3.1.1. 知識の生産様式の変化と「智民」の出現:個別科学(ディシプリン)からトランスディシプリナリーな知識へ
3.1.2. 最初の智民としてのテクノクラート(スーツ)
3.1.3. ハッカーズ:対抗智民
3.1.4. ギークス:智民の進化
3.1.5. ギークスから子供たち(キッズ)へ
3.1.6. 新型の社会集団の誕生:「ネットワーク」とNGO-NPO-CSO
3.1.7. 社会システムとしてのネットワーク
3.1.8. スマートモブズ:第一次情報革命の「出現の成熟」局面での智民
3.2.0. コンピューターとネットワークのあり方の変化
3.2.1. モバイルでユビキタスな「解放システム」
3.2.2.0. ウェアラブル・コンピューターと知覚するモノたち(成熟局面でのコンピューター(とそのネットワーク)の主要な特徴)
3.2.2.1. (再)身体化
3.2.2.2. 環境化
3.2.2.3. リアル化
3.3.0. 戦後日本の社会変化
3.3.1. 1945-1990:形成局面:戦後民主主義者→新左翼→新人類
3.3.2. 1975-2020 出現局面:狭義オタク→広義オタク→ネッター
3.2.3. 2005-2050 突破局面:スマートモブズ(?)

第四章:共の原理と領域
4.1.0. 近代社会の三つの原理と領域:公・私・共
4.1.1. 通時的視点と共時的視点
4.1.2. 公の原理と領域
4.1.3. 私の原理と領域
4.1.4. 共の原理と領域
4.2.0. 可視社会の中での監視とプライバシー
4.2.1. 監視とその二つの顔
4.2.2.プライバシーを護る仲介者
4.3.1. コモンズと共貨:「コモン・リソース」と「フリー・リソース」
4.3.2. ハーディン対オストローム
4.3.3. ローカル通貨
4.3.4. 共貨の基本的特質
4.3.5. 共貨への期待と障害

第五章:情報社会の新しい秩序
5.1.0. 創発(イマージェンス)と同調(シンク)
5.1.1. 創発(イマージェンス)
5.1.2. 同調(シンク)
5.2. ノンゼロ性と協力
5.3.0. ベキ法則
5.3.1. 貢献と報酬のベキ分布
5.3.2. 社会的ネットワークとベキ法則
5.3.3. ベキ法則への対処
5.3.4. 物理的制約下の正規分布から情報自由下のベキ分布へ
5.4. おわりに
5.5. 付記 情報社会の運営原則

巻末
あとがき

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