3.0. (前章における「S字波のレンズ」を通じて社会変化過程を見る眼についての整理)

 前章で述べた、「S字波のレンズ」を通じて社会変化過程を見る眼について、もう一度整理してみよう。

 深度0の眼は、今日の世界を形作っている宗教文明(プレモダン)文明、近代(モダン)文明、智識(ポストモダン)文明を、概観的に比較する眼である。この眼を通して今日の世界をみると、近代文明がその成熟(ラスストモダン)局面――それは同時にこれまでの近代化過程それ自身の反省の局面でもあるが――に入ると共に、その後継文明としての智識文明の萌芽がさまざまな形で近代文明の内部に出現し始めている一方、定着過程に入って久しい宗教文明は、近代化に成功しつつある部分と、失敗した部分ないし近代文明を拒否した部分に分極化して、とくにその後者と近代文明との間に「文明の衝突」が起こっているといった見方が可能になる。
 深度1の眼は、近代化過程の内部に入って、それを構成している三つの局面、すなわち出現局面としての国家化(軍事的エンパワーメント)、突破局面としての産業化(経済的エンパワーメント)、成熟局面としての情報化(知的エンパワーメント)それぞれの過程の特徴を比較分析する眼である。国家化は近代主権国家と威のゲームを、産業化は近代産業企業と富のゲームを、情報化は近代情報智業と智のゲームをそれぞれ生み出す。この眼を通して今日の世界をみると、領土と植民地の獲得を通じて国威の増進と発揚をめざす侵略戦争と外交の威のゲームはすでにその正統性を失っている。商品の生産と販売を通じて富の蓄積と誇示をめざす富のゲームは、依然として正統性を残しているとはいえ、さまざまな反省が加えられるようになっている。 *1 同時に、私流に表現すれば、通識の創造と通有を通じて智の獲得と発揮をめざす智のゲームが、ようやく普及の兆しを見せ始めているように思われる。
 深度2の眼は、国家化、産業化、情報化のそれぞれについて、出現・突破・成熟・定着の局面分析を行う眼である。すなわち、国家化については、絶対王制の形をとって出現した近代主権国家が立憲君主制で突破し、民主共和制で成熟した後、定着局面に入っていると見る。産業化については、一八世紀後半以降、三度の産業革命が継起し、情報化については、二〇世紀後半以降、最初の情報革命が始まったと見る。この眼を通して今日の世界をみると、すでに定着過程に入って久しい国家化は、近代主権国家とそれを構成要素とする国際社会のいっそうの変質をもたらしている。そこには、二〇世紀(定着化の第一局面)に生じた帝国主義的世界戦争とは異なる、グローバルな紛争(テロリストの活動など)とそれへの対処のシステム(「帝国」化)が出現しつつあるようでもあるが、他方では、二一世紀にいたってもなお、過去の帝国主義的戦争と似た形での、国家化の先発国と後発国の間の、あるいは後発国相互間の紛争が繰り返される可能性もまったく残っていないとはいえないようだ。 *2 また、近代化の華ともいうべき産業化がいよいよそれ自体の成熟局面(第三次産業革命)に入る一方で、近代化全体の成熟局面にあたる情報化過程がその出現局面に入っている。ここでは、産業化の成熟と情報化の出現は、時期的に重複し密接に相互関連し合っているとはいえ、互いに質的に異なる局面であることを区別することがとくに大切だと思われる。
 深度3の眼は、個々の産業革命や情報革命のそれぞれについて局面分析を行う眼である。この眼を通して二一世紀初頭の世界をみると、第二次産業革命は――第三次産業革命や第一次情報革命との相互作用の中で――成熟から定着局面に入り、「情報家電」や「情報自動車」、あるいは「通信と情報の融合」などと呼ばれる新しい財やサービスを生み出しつつある。いわゆる「産業の情報化」はここに注目した見方だといってよいだろう。また、「情報の産業化」とでも呼ぶことが適切な第三次産業革命は、いよいよその突破局面を迎え、新しい主導産業を生み出そうとしている。同時に、第一次情報革命もまたその突破局面を迎え、智のゲームの本格的展開が始まろうとしている。もっともこれらの突破局面自体は、少なくとも四分の三世紀ほどの期間にわたって続くものと考えられるので、新しい主導産業にしても、智のゲームの本格的展開にしても、それだけの長い時間的視野の中で見ていかなくてはならない。 *3
 深度4の眼は、個々の産業革命や情報革命の各局面の各々を、さらにその出現・突破・成熟・定着等の小局面に分解して見る眼である。この眼を通して二一世紀初頭の世界をみると、とりわけ鮮明に浮かび上がってくるのが、第三次産業革命の出現を主導してきたコンピューター産業が、それ自体の成熟――つまり第三次産業革命の「出現の成熟」――局面に入ると同時に、第一次情報革命の出現を主導してきたいわば初期の智業や智民にあたる組織や個人もまた、それ自体の成熟――つまり第一次情報革命の「出現の成熟」――局面に入ろうとしている光景である。言い換えれば、二〇世紀の後半に始まった、智民とコンピューターの共進化とでも呼ぶべき過程は、二一世紀に入って、ある新しい局面――より正確にはその成熟の局面――を迎えているのである。
 そこで、以下この章では、上記の深度4のレンズで見た、智民たちとコンピューターの共進化の模様を、私に見てとれるかぎりでより詳しく描き出してみたいと思う。

 まず、情報化過程についての私の見方を要約的に述べるところから始めよう。深度3のレンズで見れば、情報化過程は、現在その出現局面(第一次情報革命)にあって、その姿は、図3.1のように示すことができる。また、レンズの倍率を深度4にあげてみるならば、第一次情報革命自体もその出現局面にあって、「出現の突破」から「出現の成熟」に移行しつつあるところだと見られ、その姿は、図3.2のように示すことができる。
この二つの図を参照しながら、二〇世紀後半に始まった第一次情報革命の「出現の出現」局面からみていくことにしよう。そのさい、とくに注目するのは、この時期に生じた「知的エンパワーメント」と、それを具現している人びと、すなわち「智民」たちのあり方である。 *4

picture31.JPG


picture32.JPG

*1 : 最初の反省は、一九六〇年代末から七〇年代初頭にかけての、ローマクラブの「ゼロ成長論」などに代表される過度の成長志向への反省と環境・資源・人口問題への関心の高まりとして始まり、多国籍企業の行動様式に対する批判として展開されていった。より最近では、ITバブルの崩壊が引き起こしたスキャンダルや不況の中で、短期的・局所的な営利の追求を超える「企業統治」への関心が高まり、経営者の規律や信念、企業やその従業員全員の行動決定に大きな役割を果たす「企業文化」に注目が向けられてきている。(小倉[一九九九]、新原[二〇〇三]、高橋[二〇〇四]などを参照。)

 ただし、近代文明への反省や批判が、近代化の成熟局面に入ってようやく始まったわけではないことはいうまでもない。情報化への反省や批判が、情報化の出現局面でいち早く顕われているのと同様に、国家化の出現局面においても、反省や批判はすでにあったはずである。

*2 : つまり、「歴史の教訓」からすれば、国家化に成功した地域が、さらに「軍国主義化」に突き進む可能性は、今後に関していうかぎりは、日本のような一度それに失敗した国よりは、中国のような新興国の方がむしろ強いとみるべきだろう。

*3 : 同じ深度3の眼は、国家化の各局面に対しても当然向けることができるだろうが、残念なことに、国家化の過程については私自身の持ち合わせている知識がはなはだ不十分なので、その点については言及を避けることにしたい。

*4 : 「国民」が国家との関係でみた「主権者」や「被統治者」を表し、「市民」が企業との関係でみた「経営者」ないし「従業員」や「消費者」を表すように、「智民」は「智業」のメンバーや信奉者を表す。したがってそれは、いま生活している人びとを三つに分類するための基準ではない。情報社会にあっては、同一人物が、ある観点からすると国民であり、また別の観点からすると市民でも智民でもあるといえるのである

目次

第一章:自前主義と創発する革命
1.1. ディーン・フォー・アメリカ
1.2. イトーの唱える創発民主制
1.3. 住民プロデューサー
1.4. J-Kids大賞
1.5. オープンソースと共の理念

第二章:社会変化を捉える眼
2.1.1. 社会変化のS字波
2.1.2. S字波に関する注記:
2.2.0. 近代化過程へのS字波的視点の適用
2.2.1. 深度0の眼:諸文明の継起
2.2.2. 深度1の眼:近代化の三局面
2.3.3. 深度2の眼:近代化の三局面のそれぞれを対象とする分析
2.4.4. より高深度の眼:深度3および深度4の眼
2.3. 日本の西欧型近代化

第三章:共進化する智民たちとコンピューター
3.0. (前章における「S字波のレンズ」を通じて社会変化過程を見る眼についての整理)
3.1.1. 知識の生産様式の変化と「智民」の出現:個別科学(ディシプリン)からトランスディシプリナリーな知識へ
3.1.2. 最初の智民としてのテクノクラート(スーツ)
3.1.3. ハッカーズ:対抗智民
3.1.4. ギークス:智民の進化
3.1.5. ギークスから子供たち(キッズ)へ
3.1.6. 新型の社会集団の誕生:「ネットワーク」とNGO-NPO-CSO
3.1.7. 社会システムとしてのネットワーク
3.1.8. スマートモブズ:第一次情報革命の「出現の成熟」局面での智民
3.2.0. コンピューターとネットワークのあり方の変化
3.2.1. モバイルでユビキタスな「解放システム」
3.2.2.0. ウェアラブル・コンピューターと知覚するモノたち(成熟局面でのコンピューター(とそのネットワーク)の主要な特徴)
3.2.2.1. (再)身体化
3.2.2.2. 環境化
3.2.2.3. リアル化
3.3.0. 戦後日本の社会変化
3.3.1. 1945-1990:形成局面:戦後民主主義者→新左翼→新人類
3.3.2. 1975-2020 出現局面:狭義オタク→広義オタク→ネッター
3.2.3. 2005-2050 突破局面:スマートモブズ(?)

第四章:共の原理と領域
4.1.0. 近代社会の三つの原理と領域:公・私・共
4.1.1. 通時的視点と共時的視点
4.1.2. 公の原理と領域
4.1.3. 私の原理と領域
4.1.4. 共の原理と領域
4.2.0. 可視社会の中での監視とプライバシー
4.2.1. 監視とその二つの顔
4.2.2.プライバシーを護る仲介者
4.3.1. コモンズと共貨:「コモン・リソース」と「フリー・リソース」
4.3.2. ハーディン対オストローム
4.3.3. ローカル通貨
4.3.4. 共貨の基本的特質
4.3.5. 共貨への期待と障害

第五章:情報社会の新しい秩序
5.1.0. 創発(イマージェンス)と同調(シンク)
5.1.1. 創発(イマージェンス)
5.1.2. 同調(シンク)
5.2. ノンゼロ性と協力
5.3.0. ベキ法則
5.3.1. 貢献と報酬のベキ分布
5.3.2. 社会的ネットワークとベキ法則
5.3.3. ベキ法則への対処
5.3.4. 物理的制約下の正規分布から情報自由下のベキ分布へ
5.4. おわりに
5.5. 付記 情報社会の運営原則

巻末
あとがき

→トップページへ戻る