このような見方は、たしかに一面の真実を衝いている。しかし、社会的な知の生産や流通に生じている変化は、ギボンズらのいうモード1からモード2への転換よりも、さらに広くかつ深いものがあるように思われる。
それを考える手がかりとして、知識生産の様式よりも、その担い手それ自身に焦点を合わせて、第二次大戦後の変化を見直してみよう。
科学知識や高度の行政・管理能力をもつ「テクノクラート」が国家や企業を管理すべきだとする思想は、フランスのサン・シモンを源流とするといわれるが、第二次産業革命の突破期にあった20世紀前半のアメリカで、発明家のウィリアム・H・スミスによって「テクノクラシー」と名付けられ、社会・経済学者のソースタイン・ベブレンによって体系化され、一九三〇年代の大不況期にいたって、ハワード・スコットをリーダーとする社会運動として急激に勃興した。もっとも、この運動自体は短命に終わったが、アインシュタイン他の超一流の科学者が主導した、原爆の製造をめざすマッハッタン計画の成功体験の記憶も生々しい第二次大戦後のアメリカ社会風土の中では、テクノクラシーは、第二次産業革命の成熟に伴う高等教育サービスの普及が生み出した高学歴者の増大と、第三次産業革命の出現に伴うコンピューターの発達・普及や「知識産業」の拡大がもたらした「知識労働者」の増大に支えられて生じた、「技術官僚」の支配という社会的事実として定着したということができよう。
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それは同時に、第一次情報革命の出現を告げる社会現象ともなったのである。
さて、このテクノクラシーの担い手、すなわちテクノクラートたちは、ギボンズ的にいえば、その一部は既存のディシプリンの正統を受け継ぐ人びとであろうが、恐らくその圧倒的に多くは――とりわけ時期的に後になればなるほど――、マス化した高等教育や研究体制の所産としての、社会的諸問題の解決を志向するモード2の知的生産者たちになっていったとみなしてよいだろう。
図3.1(深度3)をもう一度見ていただきたい。この図は、智民や智業の最初の台頭がみられる第一次情報革命の時期を、第三次産業革命と重なる二〇世紀後半から二一世紀にかけての約一五〇年とみなし、それをさらに、互いに約二五年の重複を伴いつつそれぞれが約七五年の長さをもつ「出現」、「突破」、「成熟」の三つの局面に分けて捉えるのが適切ではないかという見方にたって描かれている。また、それらの局面それ自体も、図3.2(深度4)に示すように、これまたそれぞれが「出現」、「突破」、「成熟」という互いに一部重複する小局面を経ながら展開していくものと考えている。その意味では、私たちはいま、二〇世紀の後半から始まった第一次情報革命の「出現」局面がいよいよ「成熟」し始める(つまり「出現の成熟」を開始する)時期にさしかかっている。しかもその時期は同時に、第一次情報革命の「突破」局面が「出現」し始める(つまり「突破の出現」が始まる)時期と重複しているとみることができるわけである。
このような文脈からいえば、一九五〇年代から六〇年代にかけてアメリカ社会に台頭してきて、政府や大企業、さらには新しく生まれた「シンクタンク」
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のような組織で、アイデアを「政治的通貨」
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として利用して重要な役割を発揮するようになった「テクノクラート」たちは、まさに第一次情報革命のもっとも初期の局面、つまり「出現の出現」局面に現れてきた、「知的にエンパワーされた人びと」、すなわち「智民」の集団だといえよう。私がテクノクラートのことを最初の「智民」と呼びたいのはそのためである。ネクタイを締め、黒やグレーのスーツを身にまとっていた彼らは、後のハッカーたちによって「スーツ」と俗称されるようになった。
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第一章:自前主義と創発する革命
└ 1.1. ディーン・フォー・アメリカ
└ 1.2. イトーの唱える創発民主制
└ 1.3. 住民プロデューサー
└ 1.4. J-Kids大賞
└ 1.5. オープンソースと共の理念
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第二章:社会変化を捉える眼
└ 2.1.1. 社会変化のS字波
└ 2.1.2. S字波に関する注記:
└ 2.2.0. 近代化過程へのS字波的視点の適用
└ 2.2.1. 深度0の眼:諸文明の継起
└ 2.2.2. 深度1の眼:近代化の三局面
└ 2.3.3. 深度2の眼:近代化の三局面のそれぞれを対象とする分析
└ 2.4.4. より高深度の眼:深度3および深度4の眼
└ 2.3. 日本の西欧型近代化
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第三章:共進化する智民たちとコンピューター
└ 3.0. (前章における「S字波のレンズ」を通じて社会変化過程を見る眼についての整理)
└ 3.1.1. 知識の生産様式の変化と「智民」の出現:個別科学(ディシプリン)からトランスディシプリナリーな知識へ
└ 3.1.2. 最初の智民としてのテクノクラート(スーツ)
└ 3.1.3. ハッカーズ:対抗智民
└ 3.1.4. ギークス:智民の進化
└ 3.1.5. ギークスから子供たち(キッズ)へ
└ 3.1.6. 新型の社会集団の誕生:「ネットワーク」とNGO-NPO-CSO
└ 3.1.7. 社会システムとしてのネットワーク
└ 3.1.8. スマートモブズ:第一次情報革命の「出現の成熟」局面での智民
└ 3.2.0. コンピューターとネットワークのあり方の変化
└ 3.2.1. モバイルでユビキタスな「解放システム」
└ 3.2.2.0. ウェアラブル・コンピューターと知覚するモノたち(成熟局面でのコンピューター(とそのネットワーク)の主要な特徴)
└ 3.2.2.1. (再)身体化
└ 3.2.2.2. 環境化
└ 3.2.2.3. リアル化
└ 3.3.0. 戦後日本の社会変化
└ 3.3.1. 1945-1990:形成局面:戦後民主主義者→新左翼→新人類
└ 3.3.2. 1975-2020 出現局面:狭義オタク→広義オタク→ネッター
└ 3.2.3. 2005-2050 突破局面:スマートモブズ(?)
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第四章:共の原理と領域
└ 4.1.0. 近代社会の三つの原理と領域:公・私・共
└ 4.1.1. 通時的視点と共時的視点
└ 4.1.2. 公の原理と領域
└ 4.1.3. 私の原理と領域
└ 4.1.4. 共の原理と領域
└ 4.2.0. 可視社会の中での監視とプライバシー
└ 4.2.1. 監視とその二つの顔
└ 4.2.2.プライバシーを護る仲介者
└ 4.3.1. コモンズと共貨:「コモン・リソース」と「フリー・リソース」
└ 4.3.2. ハーディン対オストローム
└ 4.3.3. ローカル通貨
└ 4.3.4. 共貨の基本的特質
└ 4.3.5. 共貨への期待と障害
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第五章:情報社会の新しい秩序
└ 5.1.0. 創発(イマージェンス)と同調(シンク)
└ 5.1.1. 創発(イマージェンス)
└ 5.1.2. 同調(シンク)
└ 5.2. ノンゼロ性と協力
└ 5.3.0. ベキ法則
└ 5.3.1. 貢献と報酬のベキ分布
└ 5.3.2. 社会的ネットワークとベキ法則
└ 5.3.3. ベキ法則への対処
└ 5.3.4. 物理的制約下の正規分布から情報自由下のベキ分布へ
└ 5.4. おわりに
└ 5.5. 付記 情報社会の運営原則