3.1.6. 新型の社会集団の誕生:「ネットワーク」とNGO-NPO-CSO

 智民のあり方の変化と密接に関連しているもう一つの要因は、情報化と共に出現してくる新しい社会的集団ないし主体――私の言葉でいえば「智業」――である。既存のものとは質的に異なる社会的主体の形成が人びとに注目され始めたのは、テクノクラートのような「智民」の台頭よりは少し遅れて、一九七〇年代の後半以降のことだった。 *1

 第一次情報革命がその「出現の突破」小局面に入りつつあった一九七〇年代の後半から八〇年代にかけて、既存の国家(とその政府)や企業とは異質な社会的集団が大量に誕生しつつあることに、多くの人びとが気づくようになった。そのような自覚は、集団の組織原理と活動様式の新しさという二つの面から生まれてきた。すなわち一方では、新しい組織原理としての「ネットワーク」ないし「ネットワーキング」が注目された。他方では、営利を目標とするのでもなければ、公権力を基盤とした統治や外交を行おうとするのでもない市民たちの集団としての「NPO(非営利組織)」、「NGO(非政府組織)」、あるいは「CSO(市民社会組織)」の台頭に人びとの関心が集まった。
 もちろん、このような変化や変化の認知は、突然起こったわけではない。それに先行する過程として、一九六〇年代の半ば以降、ほとんどの近代文明諸国にいっせいに起こった、「大学紛争」や「ヒッピー運動」に代表されるような、既存の大組織や“体制”に対する反省や反逆の試みがあった。 *2 “ネットワーキング”とよばれる新しい社会運動は、まさにその中からうまれてきた。ネットワーキング運動の最初の主唱者の一人、ヘイゼル・ヘンダーソンは、現代の社会が混乱を乗りこえて存続していくための“究極的な組織形態”として、“参加型の、自由な発想にもとづく有機的でサイバネティックな形態”を考え、これを“ネットワーク”と呼んだ。すなわち、

 ネットワークには、本部も指導者も命令系統もない。ネットワークは、自由な形式をもち、自己組織的であって、同じような世界観や価値観を通有している自律的で自己実現的な何百人もの個人からなりたっている。 *3

 また、マリリン・ファーガソンは、一九七〇年代のアメリカでいたるところに見られるようになった社会的な運動、すなわち、心の変革をなしとげた個人があちこちにうまれ、互いに知りあうことがなくとも目にみえない連帯となってひろがり、やがて世界全体を変革していくような“水瓶座族の共謀(the Aquarian conspiracy)”についての詳しいレポートを書き、その神経系にあたるのがコミュニケーションで、その場となっているのがネットワークだと述べた。 *4 リプナックとスタンプスも、著者たちが“もう一つのアメリカ”とよぶような、従来の個人主義的なものとは異なる新しい価値観や心の状態と、それにもとづいて新しい世界を生みだそうとするネットワーキング運動についての大部のレポートを書いた。 *5 ベストセラーの『メガトレンド』の著者ネイスビッツも、階層制に対立するものとしてのネットワーキングを、現代アメリカの十大メガトレンドの一つに数えた。 *6 つまり、一九七〇年代の後半以降続々と生まれ、既存の国家とも企業とも異なる行動の目標や様式をもつ新しい種類の社会的集団は、NGOやNPOという消極的な――つまりそれが積極的になんであるかには言及しないような名称を与えられる一方で、より積極的には、ひとまず「ネットワーク」として特徴づけられた。そして「ネットワーク」を作ってさまざまな活動を行う人びとの活動様式のことは「ネットワーキング」と呼ばれるようになったのである。 *7

*1 : すでに述べたように、近代化過程ではそれを担う新しい社会的主体とそのメンバー、および社会的主体がプレーするゲームの場となる非主体型の社会システムが共進化するという私の基本的な見方からすれば、智民と智業だけでなく、「智のゲーム」の場としての智場の出現をも考慮する必要がある。智場の原型ともいうべきものがまさに「インターネット」にほかならないことは、いうまでもないだろう。しかし、インターネットの「智のゲーム」の場としての特性が自覚的に展開させられるようになるのは、むしろこれからだと思われる。つまり、第一次情報革命の「出現の成熟」と「突破の出現」が同時並行的に進む二一世紀の最初の二、三十年のことだと思われる。

*2 : あらためて思えば、伝統的な知識人や新興のテクノクラートに反逆するこれらの運動の担い手もまた、さきに「ハッカーズ」と総称した人びとと共通するところを多く持つ、新しい智民たちだったということができそうだ。

*3 : Lipnack/Stamps[一九八二]、二三六ページ。

*4 : Ferguson[一九八〇]、邦訳はファーガソン[一九八一]。

*5 : Lipnack/Stamps[一九八二]。邦訳はリプナック/スタンプス[一九八四]。  

*6 : 以上のネットワーキングの説明は、公文俊平[一九九四](二三〇-二三一ページ)による。なお、数学的概念としてのネットワークの定義や、階層的な社会システムとは区別される、社会システムとしての「ネットワーク」の定義や特性についても、より詳しい説明は同書第七章を参照されたい。  

*7 : 当時の「ネットワーキング」についての便利な概説としては、Lipnack/Stamps[一九八六]がある。

目次

第一章:自前主義と創発する革命
1.1. ディーン・フォー・アメリカ
1.2. イトーの唱える創発民主制
1.3. 住民プロデューサー
1.4. J-Kids大賞
1.5. オープンソースと共の理念

第二章:社会変化を捉える眼
2.1.1. 社会変化のS字波
2.1.2. S字波に関する注記:
2.2.0. 近代化過程へのS字波的視点の適用
2.2.1. 深度0の眼:諸文明の継起
2.2.2. 深度1の眼:近代化の三局面
2.3.3. 深度2の眼:近代化の三局面のそれぞれを対象とする分析
2.4.4. より高深度の眼:深度3および深度4の眼
2.3. 日本の西欧型近代化

第三章:共進化する智民たちとコンピューター
3.0. (前章における「S字波のレンズ」を通じて社会変化過程を見る眼についての整理)
3.1.1. 知識の生産様式の変化と「智民」の出現:個別科学(ディシプリン)からトランスディシプリナリーな知識へ
3.1.2. 最初の智民としてのテクノクラート(スーツ)
3.1.3. ハッカーズ:対抗智民
3.1.4. ギークス:智民の進化
3.1.5. ギークスから子供たち(キッズ)へ
3.1.6. 新型の社会集団の誕生:「ネットワーク」とNGO-NPO-CSO
3.1.7. 社会システムとしてのネットワーク
3.1.8. スマートモブズ:第一次情報革命の「出現の成熟」局面での智民
3.2.0. コンピューターとネットワークのあり方の変化
3.2.1. モバイルでユビキタスな「解放システム」
3.2.2.0. ウェアラブル・コンピューターと知覚するモノたち(成熟局面でのコンピューター(とそのネットワーク)の主要な特徴)
3.2.2.1. (再)身体化
3.2.2.2. 環境化
3.2.2.3. リアル化
3.3.0. 戦後日本の社会変化
3.3.1. 1945-1990:形成局面:戦後民主主義者→新左翼→新人類
3.3.2. 1975-2020 出現局面:狭義オタク→広義オタク→ネッター
3.2.3. 2005-2050 突破局面:スマートモブズ(?)

第四章:共の原理と領域
4.1.0. 近代社会の三つの原理と領域:公・私・共
4.1.1. 通時的視点と共時的視点
4.1.2. 公の原理と領域
4.1.3. 私の原理と領域
4.1.4. 共の原理と領域
4.2.0. 可視社会の中での監視とプライバシー
4.2.1. 監視とその二つの顔
4.2.2.プライバシーを護る仲介者
4.3.1. コモンズと共貨:「コモン・リソース」と「フリー・リソース」
4.3.2. ハーディン対オストローム
4.3.3. ローカル通貨
4.3.4. 共貨の基本的特質
4.3.5. 共貨への期待と障害

第五章:情報社会の新しい秩序
5.1.0. 創発(イマージェンス)と同調(シンク)
5.1.1. 創発(イマージェンス)
5.1.2. 同調(シンク)
5.2. ノンゼロ性と協力
5.3.0. ベキ法則
5.3.1. 貢献と報酬のベキ分布
5.3.2. 社会的ネットワークとベキ法則
5.3.3. ベキ法則への対処
5.3.4. 物理的制約下の正規分布から情報自由下のベキ分布へ
5.4. おわりに
5.5. 付記 情報社会の運営原則

巻末
あとがき

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