本書は、『情報文明論』(一九九四)と『文明の進化と情報化』(二〇〇一)に続く、情報社会のさまざまな側面を対象とする学際的な科学としての「情報社会・学」の構築に向けた、私の第三作になる。私が敬愛してやまない故村上泰亮にとってのライフワークは、「産業社会・学」の構築にあったと私は考えている。その後を継いで、「情報社会・学」の体系化に向けての第一歩を踏み出したいというのが、私のささやかな願いである。
なお、私は今年の四月から、約十年間にわたる国際大学グローコムの所長勤務を辞して、多摩大学に新設された情報社会学研究所に移籍している。しかし、グローコムも新研究所も研究面での基本的なオリエンテーションには大きな違いはないので、さまざまな形で連携を進めていきたいし、さらにその他同様な研究関心をもっている他の研究・教育機関ともネットワーク的に共働していきたいと願っている。
本書執筆の直接の動機は、二〇〇二年の秋から暮れにかけて読む機会のあった二冊の本から大きな刺激を受けたことだった。
その一つは、アマゾンの新刊書推薦システムが選び出してくれた、バラバシの『リンクド』(邦訳題名は『新ネットワーク思考』)だった。半信半疑で注文したこの本には、読み始めるとたちまち引き込まれてしまった。一九九〇年代の後半以降に急激な進歩をとげたネットワーク理論の紹介にも興味をそそられたが、何よりショックだったのは、通常の正規分布とは異なる、はなはだしく不均等な「ベキ分布」が、インターネットの世界にもいたるところに見られるという指摘だった。二〇〇三年に入ると、バラバシが言及していた新ネットワーク理論の旗手たちの、ダンカン・ワッツやスティーブン・ストロガッツの著書が次々と出版されたのでそれらもむさぼり読んだ。
もう一つは、旧知の友人、ハワード・ラインゴールドにもらった、『スマートモブズ』だった。冒頭にでてくる渋谷駅前交差点に群がる「親指族」のふるまいの記述は、これまたまことにショッキングだった。私がそれまで描いていた情報社会の「智民」像からは、「モバイルでバーベイシブな」情報通信機器を自由にあやつる「モブ」のイメージが欠落していたからである。しかし、ハワードが紹介する「協力の技術」や「評判ゲーム」の話、あるいは「知覚するモノ」たちや「無線のキルト」の話は、私が展開してきた情報社会論と、何の矛盾もなく接合するように思われた。そこで私は、同士を募ってハワードの本の共訳にとりかかる一方、彼があげている参考文献の中で未見のものを片っ端から読んでいった。その結果を私のこれまでの近代社会、情報社会の理解に反映させたものが本書である。
本書ができあがるまでには、これまでにも増して多くの方々のお世話になった。電子メールでのいくつかの唐突な質問にていねいな返事をくださったバラバシさんと、訳書の出版を快諾し、たくさんの質問にも打てば響くように答えてくださったラインゴールドさんには、あらためて感謝したい。
NTT出版の今井出版部長と遠藤千穂さんからは、本書の執筆と出版について多くの励ましとご配慮をいただいた。
グローコムの同僚およびもと同僚である、アダム・ピークと土屋大洋のお二人からは、本書で利用した論文や記事など、多くの素材を提供していただいた。ミュンヘン大学のエルンスト・ポッペルさんは、S字波を社会変化の分析に使おうとする私の試みを励ましてくださり、「シグモイド」という言葉を教えてくださった。南加大学のジョナサン・アロンソンさんからは、シグモイドを多用した人口増加や社会的価値の変化を分析したソークたちの書物を頂戴した。飛田武幸先生と高安秀樹さんからは、ベキ法則とそれに関連する事例について数々のご教示をいただいた。丸田一さんには、三千を超える日本の市町村の人口規模分布についてジップの法則を検定した結果を、豊福晋平さんには、小学校のホームページの更新頻度の分布に関する調査結果を、それぞれ利用することを許していただいた。
通称「情報社会学若手研究会」の参加者の諸氏、とりわけ東浩紀、石橋啓一郎、渋川修一、鈴木謙介、濱野智史の発言や論文からは、日本の若い智民たちの現状について多くのことを学んだ。杉山彰さんからはノーランの「ステージ理論」について、西山賢一さんからは、Beerの著書とプリゴジーヌの論文のことを、星野進保さんからは、第一回帝国議会での山県有朋総理大臣演説のことを、それぞれ教えていただいた。また、池田信夫さんからは、オストロームの研究に対する別の見方に関連した論文(Greif[一九九五])の存在を指摘していただいた。もっとも、グライフらの開拓した歴史制度分析や青木昌彦の開拓した比較制度分析(青木[二〇〇一])などの分野の研究成果を自家薬籠中のものにするのは、私にとっては残念ながらまだこれからの課題である。
本書の原稿やもとになったモノグラフの全部あるいは一部を読んでくださった、会津泉、井庭崇、佐々木孝明、高安秀樹、前田光裕、増田康裕、丸田一、宮尾尊弘、山内康英のみなさんからは、数々の有益なコメントやアドバイスを頂戴した。佐護千草さんと大磯千枝子さんは、視力の衰えた私のためにたくさんの拡大コピーを取ったり、図書館にでかけて参考文献を借り出したりしてくださった。田熊啓さんと丸田一さんには、本書に収録した図表の作成を助けていただいた。これらの方々のご助力なしには、いまの私にはとうてい本など書けなかったと思う。あらためてお礼を申し上げたい。
なお、本書の原稿は、今年の一月末に書き上げられていたのだが、諸般の事情で出版が予定よりも数ヶ月遅れてしまったために時間の余裕ができた分、新しい知見を、その多くは脚注の形で、次々と追加していく結果となり、読みにくくなったことをお詫びしたい。しかしその過程で、情報化をその一局面として含む近代文明の進化過程は、通時的にはさまざまな深度のS字波の束として、共時的にはベキ分布している多種多様な社会的事物の集まりとして捉えていくことが有用だという確信を、ますます深くした。しかも、通時的な局面の転換は、共時的なベキ分布のベキ指数の値の変化と、密接に関連しているのではないかという見通しもがえられたように思う。今後、そうした可能性をより実証的に明らかにしていくことができればと願っている。