「多国間主義と安全保障政策」 1995年12月(CSIS東アジア作業部会での懇談会スピーチ原稿翻訳)

CSIS東アジア作業部会での懇談会スピーチ原稿翻訳(改訂版)
「多国間主義と安全保障政策」 平成7年12月4日

多摩大学 情報社会学研究所 山内康英


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 日本、米国、アジア・太平洋地域の安全保障政策について、CSIS東アジア作業部会の高名な皆様と本日、意見交換のできることを大変、光栄に思います。

 本日は、二つの点から、日本、米国、アジア・太平洋地域の安全保障について、意見を交換したいと考えております。第一に、日本政府が11月29日、新しい防衛計画の大綱を発表致しました。この大綱("National Defense Program Outline")は、日本の防衛政策についての「政治哲学」を示したものであり、ここ数ヶ月にわたって、政党間で話し合いが行われてきた結果であります。

 皆様良くご存じのように、多くの日本の政治文書と同じく「大綱」は「哲学的」な色彩が強く、Nuclear Posture Review やBottom Up Reviewのように具体的ではありませんが、同様に大変、重要なものであります。以前の大綱は1976年に作られており、新大綱はこの19年間の変化を踏まえたものです。たとえば新しい大綱の中では、日本は今後も抑止力の中心を米国の核の傘に依存すること、同時に、世界の核兵器撤廃に向けて重要な役割を果たすべきことが述べられています。このように新大綱は、いくつかの側面で両論併記ですが、日本の安全保障の基本原則のいくつかを明確にしております。

 この大綱を分析することによって、日本、米国、アジア・太平洋地域の安全保障政策を考える場合の、日本の国内的スタンスについて判断を下すことができると思います。また大綱の文章に拠って、現状、日本がアジア・太平洋地域のみならず、世界の安全保障枠組みの維持にどのように貢献するのかを計ることができるでしょう。第二点は、日本国際フォーラムの主催するタスクフォースが「アジア・太平洋における安全保障体制の可能性と役割」について政策提言案を起草している最中だ、ということです。タスクフォース主査である渡邊昭夫教授は、防衛問題懇談会報告書の起草者の1人であります。このタスクフォースのメンバーの一人として、私はこの提言の基本的コンセプトをご紹介し、皆様と意見を交換したいと思います。言うまでもなく、本日の発表は私個人の理解に基づくものであり、どの組織を代表するものでもありません。

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 議論の出発点として、現在、防衛論議について人口に膾炙している「多国間主義: Multiratelalism」と「二国間主義: Bilateralism」の問題から始めたいと思います。安全保障政策をめぐって、この二つの異なったアプローチがあり、典型的には『フォーリン・アフェアーズ』のナイ教授とジョンソン教授の議論が、両者のアプローチの違いを示しています。

 冷戦は西側の勝利で終焉しましたが、われわれは冷戦後の新しい安全保障の枠組みを求めていかなければなりません。そこでは、これまでのバイラテラルな枠組みだけに頼ることはできない、と多くの人々が感じています。しかし、それに代わるものは、まだ確かなものとなっておりません。

 マルチラテラリズムとは、国際的枠組、制度、レジームや国連のような国際機関に基づく政策アプローチであり、3カ国以上の構成国からなるものと定義することができます。バイラテラリズム、より正しく言えば「相互ユニラテラリズム」は、現実主義政治の観点から可能な政策オプションとして、マルチラテラルなアプローチを否定するものであります。しかし定義的に言えば、バイラテラリズムは「国際制度(International Instituteion)」の否定ではありません。日・米、韓・米の安全保障条約は「国際制度(条約)」だからです。

 「マルチラテラリズム」や「インスティテューショナリズム」についての哲学的な議論は脇に置いて、この二つのアプローチについて現実の側面から、次の3点が議論になろうかと思います。それはすなわち(1)アジア・太平洋地域においてマルチラテラリズムとバイラテラリズムは、相互に排他的(mutually exclusive)なものなのだろうか、(2)もし相互に排他的でないのなら、そのような多元的なアプローチは実現に可能な政策オプションとなり得るのだろうか、その具体的諸例は何か、(3)日本の新防衛大綱における新しい安全保障政策は、こうした多元的アプローチにコミットしているのかどうか、この問題についての米国の方針は何か、また日・米両国は多角的・多元的アプローチでも協調体制を取ることができるのだろうか、という三つの問題であります。本日は前二者について議論し、三番目の重要な問題については、さらなる研究を待って議論したいと思います。

 われわれのタスクフォースは、具体例から出発するアプローチを取り、アジア・太平洋地域に現存する、あるいは近い将来、具体化の可能性を持つ安全保障のフレームワークや安全保障レジームについて別個に研究を行いました。その研究から引き出された第一の結論は、この地域で政治課題(issue)と安全保障のフレームワークは独立したものではなく、それぞれの問題によって関係する国々が決まり、そして問題解決のための枠組みが機能している、ということであります。この問題について「表1」にまとめてあります。言うまでもなくこの表は、アジア太平洋地域のすべての問題を網羅しているわけではありませんが、多角的な安全保障の枠組がこの地域で生まれており、二国間の安全保障条約の補完となっていることを示しています。この点のみからすれば、マルチラテラリズムとバイラテラリズムは、現実の問題として相互排他的ではありません。

 マルチラテラリズムの機能し得る、新しい枠組みの一例が、ロシアの非核化支援であります。ロシアの非核化支援は米国、CIS諸国、日本、欧州各国が協調して取り組む必要があり、二国間の枠組みでは十分に対応出来ないにもかかわらず、本質的に日・米二国間の安全保障の枠組みと両立する政治課題であります。本日のスピーチの後半では、ロシア極東の核の問題を具体的に取り上げ、どのような多角的枠組みがあるのかを述べたいと思います。

 ここで興味深い点は、バイラテラリズムとマルチラテラリズムという捉え方が、事態を的確に示していない、ということであります。とりわけ問題は「マルチラテラリズム」というコンセプトの混乱にあります。確かにNPT(核不拡散条約)やKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)といった政治的フレームワークやレジームは、それぞれの枠組の中で「マルチラテラル(多国間主義)」になっております。しかしより重要なことは、数多くの政治的枠組が、この地域の国家間安全保障政策を形成しているということです。このような多角的枠組みの併存による「多相的(polimorphic)」な国家間安全保障政策を「マルチプル・フレームワーク・アプローチ」と呼べば、個々の枠組の中の「マルチラテラリズム」と、「マルチプル・フレームワーク・アプローチ」を、区別することが重要です。言うまでもなく、われわれがここで留意しているのは、多角的枠組みの側であります。

 結論の第二点は、現状、それぞれの問題解決のために各国が適切な枠組を選んでいるということであり、カンボジア和平に向けてのUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)、北朝鮮問題のためのKEDOはこうした例であります。こうした個々のケースにおいて、日・米両国はそれぞれの枠組の中で重要なメンバーとなっています。

 第三点として、一方で同時に、二国間条約の重要性は維持されております。日米安保条約は、中国が軍事超大国として台頭してきた場合、あるいはロシアが左傾化または右傾化した場合、重要な柱となるでありましょう。この点から、「多相的枠組み主義」を取る場合、各政治課題顕在化の時間的予測および課題間の優先順序が決定的に重要になります。

 第四点として、それぞれの課題の中ではマルチラテラリズムによる失敗が考えられる、ということです。マルチラテラリズムの危険性は、決定や指揮系統の混乱と失敗です。しかしながら、この問題は各々の枠組の中で解決すべき問題であり、課題毎の対処の分離が可能であれば、マルチの枠組を使ったアプローチとは切り離して考えることができます。したがって、もし課題間の分離が可能であれば、バイラテラレルな枠組とマルチラテラルなレジームは相互に排他的なものではないでしょう。

 ここで答えるべき一つの疑問は、このような多くのレジームの束を、果たして全体として「秩序」と呼ぶことができるのかどうか、ということです。冷戦期のような全体を通底する二つの異なるイデオロギーの対立、といった大きな秩序を持たない、このような小秩序の大きな束は、むしろ無秩序の象徴と言うべきかもしれません。「秩序」の哲学的定義を脇に置いて考えても、各々の枠組の内部での十分な指導力が不可欠となることは明らかです。それに加えて、各枠組の対象領域の重なっていることを考えれば、相互協力と情報の共有が、より一層重要となってくるでしょう。

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 次に具体的な提言案の中で、私が担当している「アジア・太平洋地域における核の不拡散」、とくに旧ソ連邦諸国の非核化・核解体支援の枠組について取り上げてみたいと思います。

 東アジアの戦略環境の歴史を振り返ってみると、ソ連は1970年代後半から80年代にかけて海軍力を顕著に増強致しました。ソ連は1970年代後半から米国東部を直接攻撃できるデルタⅢ級戦略原潜をオホーツク海に配備、これに対する水上、航空支援の部隊を大幅に増強し、米国もまた太平洋地域における海、空、および水陸両用部隊の攻勢能力を増強しました。日本も、また米国との統連合を強める形で自衛隊を増強致しました。

 ソ連太平洋艦隊の基本的目標は以下の3点であった、と考えられます。すなわちオホーツク海の聖域を米国の攻撃型原潜から守ること、米国第7艦隊の攻勢を封じること、および有事に日・米間のシーレーンを遮断することであります。

 冷戦後の現在、状況は劇的に変化しております。ロシア太平洋艦隊はその性格を変え、遠洋海軍力の展開から沿岸防御に戦略を転じつつあるように見えます。実際、ロシア太平洋艦隊は昨年、ほとんど三海峡を通過して外洋に出ておりません。今、彼らにとって喫緊の課題は、海軍兵力の維持それ自体にあり、昨年10月、太平洋艦隊の誇りであった「キエフ」が解体され、韓国に売却された事件がこれを象徴しています。しかしその一方で、ロシア太平洋艦隊は、その戦略核能力をデルタⅢ級原潜と新型アクラ級攻撃型原潜等によって維持しています。

 このような状況下で日本の目標は二つあると考えられます。第一にロシア海軍に日本海への核廃棄物投棄を止めさせること、および可能な範囲でロシアの核戦力削減を間接的に支援し、その方向を不可逆のものとすることです。具体的に日本政府は、ロシアの非核化支援に向けたプログラムに着手しており、そこには原子力潜水艦の液体放射性物質の処理プラント設置や、マヤクの核廃棄物貯蔵施設への資金支援などが挙げられております。

 こうしたCIS非核化のプログラムの中心となっているのが、いわゆるナン・ルーガー法と、これに基づいた国防省の「協調的脅威削減プログラム(Cooperative Threat Reduction Program)」です。この非核化支援は、戦略兵器削減交渉と歩調をあわせながら進行中の核兵器(プラットフォーム)相互削減プログラムであり、米欧諸国と日本にとって非常にタイムリーな協力の機会となり、敷衍すれば冷戦時代には日本が望んでも得ることのできなかった北東アジアの実効的軍備管理・軍縮の手段を与えているわけです。現在、日・米・ロシア三国にとって機会の窓が開かれております。

 お手元の写真は昨年10月から11月にかけて行ったウラジオストック調査の写真ですが、ボリショイ・カメニのロシア海軍工場(ズベズダ工場)で解体作業を待つ、原子力潜水艦が写っております。またデルタI型戦略原潜を解体している様子を目撃致しましたが、ロシア極東部でこれが確認されたのは初めてだと思います。

 このように各国の非核化支支援はスタートしましたが、まだ十分なレベルには達しておりません。例えば日・米両国は、沿海地方の同一の海軍工場に支援を提供していますが、お互いに何を行っているのか分かっていないのが現状です。またロシア国内の政治情勢を考えれば、今回、機会の窓が何時まで開いているのかは疑問です。しかしながら非核化支援と核軍縮は、今後のアジア・太平洋地域の安全保障の一つの課題として実り多いものであり、多角的枠組みによる国際的な協調を必要としているものだと考えることができます。

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 当日の懇談会での議論に基づき、原稿に改訂を加えた。議論に参加されたCSIS作業部会各位に御礼申し上げたい。本原稿は、日本国際フォーラム(伊藤憲一理事長)第14政策提言作業グループ(渡邊昭夫青山学院大学教授主査)の活動の一部である。ウラジオストックの現地調査とワシントンでのインタビューは、この日本国際フォーラムのプログラムに支援されている。


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 「表1」

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