冷戦後の核と日本外交:理論的考察

1. はじめに

原子力と日本の安全保障政策については、これまで主として「非核三原則」および「核兵器廃絶の提唱」という二つの課題に焦点があてられてきた。この両者は、今後とも日本の外交政策の指針として堅持されるであろう。しかしながら冷戦後の今日、国際政治における核兵器の役割が大きく変化し、これが日本の掲げる課題にも影響している。たとえば、従来は潜在的な可能性に過ぎなかった核兵器の実質的かつ大幅な削減が、戦略兵器削減条約という形で現実のものとなっている。また核不拡散についても、自国の利害という観点から、日本の外交政策として、より積極的な関与が必要になっている。

本稿では、初めに、ここで言う原子力の多面的な構造を整理し、この中から日本が、短期的、中・長期的に対応すべき二つの「新しい核の問題」として、(1)原子力安全および核不拡散の立場から国際社会の原子力利用、および(2)米・ロの核軍縮の進展にともなう戦略環境の変化と核兵器の解体を取り上げる。同時に、この二つの課題との関係で、日本の既存の原子力行政を外交問題に振り向けた場合に生ずる政策決定上の問題点を検討したい。


--------------------------------------------------------------------------------

2. 原子力問題の構造

(1) 四つの問題領域

原子力は、商業利用および軍事利用という二つの顔を持っている。原子力が、軍事的に利用される場合、核兵器は、国際社会の大きな情勢──たとえばイデオロギーの相違から生ずる同盟間の対立──や、各国の安全保障政策と核ドクトリン、核軍縮や核軍備管理の動向といった枠組みの中に位置づけられ、その開発や運用のシステムが決定される。これとは別に、原子力の商業利用は、各国のエネルギー需給、石油価格、産業立地の諸条件、エネルギー利用技術の変化、各国が想定するエネルギー安全保障政策などから決まってくる。このように、安全保障政策およびエネルギー政策という、原子力政策の二つの側面に影響を与える主要な変数は異なっている。

この両者、すなわち原子力の民生利用と軍事利用の間に作られた政治的な障壁を、一般に国際社会の核不拡散体制と呼んでいる。核不拡散体制は、核兵器保有国および非核兵器保有国という現状の立場を固定化すると同時に、核兵器保有国の核軍縮を義務づけている。国際社会の不拡散体制には、核兵器を製造するための核分裂性物質や装置類だけでなく、ミサイル、生物・化学兵器、通常兵器の移転等の規制を目的とする国際レジームや国際組織の活動、非核兵器地帯構想などの地域組織の取り組み、各国の輸出管理制度などが関連している。また、これとは別に、原子力は、核兵器の製造や解体、原子力の軍事利用および商業利用から生ずる核廃棄物、その他の一次エネルギーとの併用において生ずる総体的地球環境負荷等という点から環境問題に結びついている。

このように、1)核兵器体系、2)発電等の商業利用、3)不拡散体制、および4)環境問題という、別個の社会的コンテクストを持つ、少なくとも四つの相互に絡み合った問題領域が原子力に関連している。これを図示すれば「図1」のようになるであろう。

postcoldwarfig1.gif

(2) 核兵器国と非核兵器国の区別

原子力の多面的構造とは別に、その国が核兵器保有国か、非核兵器保有国かによって、不拡散体制が持つ政治的・経済的機能は大きく異なっている。非核兵器保有国に比べて核兵器保有国は、原子力の軍事利用と商業利用を区別する必然性が少ない。核兵器保有国では多くの場合、原子力技術の発達、核物質の生産、発電所等の原子力施設建設の歴史的経緯、所掌する省庁などから見て、軍事利用と商業利用は密接に関係している。また、原子力を当初から外交課題として扱う各種の仕組みが組み込まれている。

非核兵器保有国にとって、商業利用と(潜在的な)軍事利用の区別は厳密なものであり、これを保証するために国際機関の保障措置が、非核兵器保有国の申告するすべての商業用原子力施設に課せられている。保障措置とは、利用の各段階で核物質の質量を追跡する計量管理制度や、IAEAの係官がオンサイトで利用法を視認する査察によって、原子力施設運用の際に、核物質が軍事目的に転用されないよう継続的に監視する施策である。核不拡散体制における非核兵器保有国の役割は、国内で保障措置を遵守することによって核拡散を起こさないことであり、核兵器についての技術や知識、交渉のカードを持たないことから、核軍縮や核軍備管理について、国際社会で能動的な役割を果たす可能性は限られている。

(3) 日本の現状

このような原子力問題の複雑性から、所掌官庁の間の調整という困難な問題が生ずる。たとえば、日本の場合、1)不拡散体制に関する国内の保障措置関係は科学技術庁原子力安全局保障措置課、国際協力については原子力局調査国際協力課 *1 、2)商業用原子炉の建設や運用については資源エネルギー庁原子力産業課、原子力発電安全管理課と科学技術庁原子力安全局原子力安全課 *2 、3)核軍縮に関する交渉は外務省軍備管理軍縮課、二国間の原子力協定は科学原子力課、4)環境問題については科学技術庁原子力安全局原子力規制課、核燃料規制課などが分掌している。また、総理府の下に原子力委員会と原子力安全委員会が置かれているが、必ずしも時事的な外交問題について決定過程の調整を行っているわけではない。

このような分掌体制は、国内の原子力行政については、それぞれの情報収集や調査・研究組織などを利用して有効に機能することになっている。言うまでもなく、原子力について多くの機関が分担して担当することは不自然ではない。しかしながら本稿で取り上げるような国際社会の原子力問題に、時宜を逸せずに取り組むためには、何らかの調整機能が不可欠である。「図1」の不拡散体制を示す斜線が、組織的、心理的な理由から、政策協議のメカニズムにおいても、情報交換や相互協力の壁になっているとすれば、外交政策における総合的な取り組みは困難であろう。また外交的なバランスという観点からすれば、国際社会の原子力問題に取り組む際に安全保障政策を加味する必要がある。これに関連して、日本の政策メカニズムにおける別の問題点は、防衛庁および外務省の安全保障担当の部局が、この決定過程に十分に参加していないことである。 

参考のために、米国の非核化支援プロジェクトについて述べれば、「協調的脅威削減プログラム(Cooperative Threat Reduction Program)(ナン・ルーガー法)」によって、全体の法的枠組みが整備されている。大まかな政策的調整を行う機構として、国家安全保障会議にこの問題を扱う委員会が置かれており、国務省代表が議長を務めているほか、国防省、エネルギー省を含む米国政府のほとんどの省庁がこの委員会に参加している。さらに大統領府からは、ゴア・チェルノムイジン委員会が参加しているが、これは米国の副大統領が委員会の活動を主導するものである。実際、カザフスタンからの高濃縮ウラン買い付けと米軍機による空輸(「オペレーション・サファイア」)の際に、ゴア副大統領のリーダーシップが重要な役割を果たした、と報道されている。


--------------------------------------------------------------------------------

3. 冷戦後の国際社会の核の問題と日本

(1) 核兵器解体

1997年6月のG8サミットで、エリツィン大統領は、日本に対するロシアの戦略核ミサイルの照準を解除する方針を表明した。 *3 これは冷戦時代の大きなイデオロギー対立の中では、非核兵器保有国であっても、世界的な核抑止戦略の構造の外にあったわけではない、ということを示している。他方、ロシア政府による照準解除は、戦略兵器削減条約などの進展にともなって、グローバルな核兵器態勢が実質的に変化している、ということを示している。したがって日本にとっては、この変化を自国の安全保障の見地から、どのように利用するのか、という外交上の契機が生まれることになる。

他方、日本は核抑止力を米国の拡大抑止(「核の傘」)から得ており、リージョナルな核兵器態勢の中で、その信頼性(credibility)をどのようにして維持するのか、という問題が生ずる。核兵器の役割が不明確になるにつれて、核保有国が、その同盟国に提供する拡大抑止の信頼性の問題が生ずる。国際社会で核抑止ドクトリンが完全には棄却されていないこと、また冷戦後、核拡散から生ずる不透明性が増していることを考えれば、日本のように、同盟国の戦略核に安全保障政策の一環を依存する国にとって、拡大抑止の信頼性は依然として重要である。

核の傘の信頼性は、一般的に言って、次の三点によって担保される。第一に、拡大抑止を提供する核兵器国と、核の傘の下にある非核兵器国、双方の政府によって明確な政治的コミットメントが表明されなければならない、第2点として、拡大抑止を提供する国の軍が、非核兵器保有国の領土内に駐留することによって、非核兵器国に対する核攻撃が、核兵器国の安全保障と連繋 *4 ことが明確になっていなければならない。この場合、駐留軍とその軍属は、「トラップ・ワイヤー」の働きをしているなどと言われる。第3点として、拡大抑止の実効的な手段となる戦略核兵器が指定されている必要がある。 *5

既述のように、ロシアは、戦略核兵器の照準解除を行っているが、日本に対する核攻撃の可能性が無くなったわけではない。依然として日本に対する(あるいは在日米軍基地に対する)核攻撃の能力を持つ近隣国として、中国と潜在的には北朝鮮がある。他方、拡大抑止についての日米の連携は、上記の三点から考えて、かなりの程度、明確に維持されている、と考えることができる。たとえば、1996年4月の日米首脳会談を受けて作業を行っていた「日米防衛協力のための指針」見直しのための中間とりまとめ(1996年6月に公表)は、平素から行う協力として、拡大抑止の維持について言明している。

「核の傘」の重要性を強調することの問題点は、これが核軍縮の動きにブレーキをかけるのではないか、ということである。この問題に対する日本立場は両義的である。たとえば1995年11月に策定された『防衛計画の大綱』の中で、政府は『核兵器の脅威に対しては、核兵器のない世界を目指した現実的かつ着実な核軍縮の国際的努力の中で積極的な役割を果たしつつ、米国の核抑止力に依存するものとする』と述べている。この複雑な問題に応える一つの方策は、核軍縮はダイナミックなプロセスであり、核軍縮と拡大抑止の維持は相互に排他的ではないとの立場を明確にすることである。

以上を要約すれば、日本が今後、対処すべき課題の一つは、米国による「核の傘」の信頼性を維持しながら、米・ロの核軍縮の進展にともなう戦略環境の変化に、どのように対応し、また核軍縮にともなう核兵器の解体と、そこから生ずる余剰核物質の管理について、どのような国際社会の枠組みをつくり、これに協力するのか、ということである。(これを「図2」の「具体的な課題と施策」1~4に示す *6 。)

postcoldwarfig2.gif


(2) CIS諸国の原子力安全

これとは別に、チェルノブイリ原子力発電所の事故以降、原子力の安全は、一国の問題ではなくなっている。その理由として、原子力事故は地域住民に深甚な被害を与えること、典型的な越境性環境汚染であること、原子力の安全性についての懸念は、自国のパブリック・アクセプタンスに大きな影響を及ぼすこと、の三点が挙げられる。旧ソ連・東欧圏の社会体制の混乱にともなって、一部で原子力施設の維持管理が困難になっているほか、できるだけ早い機会に、旧ソ連製原子炉の安全性を西側の基準まで高める必要がある。同時に、軍の管理下を外れた兵器用核物質が闇市場に流れたり、核兵器技術者が不拡散懸念国に雇用される危険を可能な限り防ぐ必要がある。

(3) アジア諸国の原子力利用

アジア諸国は、経済成長にともなうエネルギー需要の伸びに対応するために、積極的な原子力発電所の建設計画を持っている。現在、各国が運転中および計画中の原子力発電所は以下の通りである。

中国:大亜湾(運転2)、泰山(運転1、建設1)、大連(ロシア型軽水炉建設2)
2050年までに現在の210万キロワットから3億~3億5000万キロワットに拡大する計画を発表。この 計画が実現すれば、中国は多種類の原子力発電所、約300基を運転することになる。
韓国:霊光(運転4)、古里(運転4)、月城(カナダ型重水炉運転1、建設3)、蔚珍(運転2、 建設2))
2006年までに加圧水型軽水炉6、カナダ型重水炉1を計画。このほかに北朝鮮が、KEDOの支援を 通じて軽水炉を建設中。
台湾:金山(運転2)、国聖(運転2)、馬鞍山(運転2)、龍門(建設2)
フィリピン:バターン(建設後に利用を中止)
タイ、インドネシア:計画中
インド:ナローラ(運転2)、ラジャスタン(運転2、建設2)、カクラパール(カナダ型重水炉 運転2)、タラプール(運転2)、カイガ(建設2)、カルパッカム(運転2)
パキスタン:カラチ(運転2)、チャシュマ(建設1)
   最近、中国が原子力発電所建設を受注

(4) 新しい核の問題

タイムスパンの違いはあるものの、以上のようにCIS諸国とアジア・太平洋諸国の原子力利用は、原子力安全および核不拡散の立場から、日本が今後、外交的に対処すべき大きさを持っている。(以上は「図2」の「具体的な課題と施策」7~12に示されている。)

核兵器解体支援および原子力安全・核不拡散という二つの新しい核の問題は、既存の日本の原子力政策と部分的には関連しているものの、基本的にはソ連・東欧社会主義圏の解体やアジア・太平洋諸国の急速な産業化から生じた新しい課題であり、現時点では必ずしも日本の外交政策の取り組みとして十分な位置づけが与えられていない。既述のように、ここには安全保障、環境問題、エネルギー問題、核不拡散が不可分に関連しており、多岐にわたる省庁間の所掌範囲を調整する必要がある。


--------------------------------------------------------------------------------

4. まとめにかえて

以上の議論に沿って言えば、従来、主として国内の原子力政策の一環として、不拡散政策と呼ばれていた政策領域を、ここで言う「新しい核の問題」の観点から再定義しなければならない。核不拡散政策の新しい指針としての「非核兵器保有国の能動的な不拡散政策」 *7 は、不拡散の位置付けについての再考から出発する必要がある。その際、平時の安全保障政策との関連で、少なくともグローバルな核兵器システムと安全保障政策、不拡散体制、原子力平和利用、環境問題といった要因をバランス良く勘案する必要がある。このためには、従来の決定メカニズムを再編した上で、省庁間の意志決定を調整する部署と政治的リーダーシップが必要になるであろう。

現時点で体系的な取り組みを急ぐ具体的な課題として、原子力政策とエネルギー安全保障、拡大抑止の信頼性とTMD *8 、プルトニウムの商業利用、核解体プルトニウムの商業利用などが挙げられる。解体核プルトニウムについて言えば、1997年のG8サミットのコミュニケの中で、日本を含む参加国は、冷戦後の核解体と原子力安全について、以下のような関与を明らかにした。

・我々は、「モスクワ原子力安全サミット」以来、そのサミットで作成した「核物質密輸防止プログラム」の実施に向けて重要な措置をとった。我々は、このプログラムへの参加を拡大し、中・東欧、中央アジア及びコーカサスの諸国の参加を得る。

・更に、核分裂性物質の安全かつ効果的な管理に関しては、我々は、防衛目的にとり不要とされた核分裂性物質に関する具体的なイニシアティブ、特にフランス、ドイツ及びロシアによる兵器用プルトニウムからMOX(混合酸化物)燃料を生産するパイロット・プラントをロシアに建設する計画(この計画は他国の参加にも開かれる)、及び兵器用プルトニウムの転換に関する米国とロシアの協力を通じて、引き続き協力していく。

これは、先進国サミットなどの場を通じて、国際社会が継続的にこの問題に取り組んでおり、その結果として、かなりの程度、具体的なプログラム作成の段階に至っていることを示している。

より長期的に見れば、アジア諸国の原子力利用の拡大から派生する安全保障上の問題が、日本の外交課題として登場するであろう。たとえば韓国と台湾は、70年代以降、核兵器の開発計画を数次にわたって進めていた。これを繰り返し断念させたのは、米国の外交的圧力である *9 。米国の原子力政策やプルトニウム利用の方針から見て、今後、不拡散体制維持のために、必ずしも米国の従前のような政治的槓杆が期待できないとすれば、日本が核燃料再処理とプルトニウム利用を進める以上、この地域の不拡散体制維持のために、日本は米国との協力を通じて、より積極的な役割を果たす必要があると考えられる。

*1 : 1997年7月の改正でこの二つの課は統合され、原子力局国際協力・保障措置課になった。
*2 : このほかに核物質の輸送については、運輸省と海上保安庁が関与している。
*3 : 6月26日、ロシア大統領府報道官は『ロシアが日本に向けた核ミサイルの照準を完全に解除した』と発表した。『日本経済新聞』(朝刊)1997年6月27日。
*4 : しているこの部分の文章は以下の通りである。『(1)基本的な防衛態勢 :日米両国は、日米安全保障体制を堅持する。日本は、「防衛計画の大綱」に則り、自衛のために必要な範囲内で防衛力を保持する。米国は、そのコミットメントを達成するため、核抑止力を保持するとともに、アジア太平洋地域における前方展開兵力を維持し、かつ、来援しうるその他の兵力を保持する。』
*5 : 言うまでもなく以上は、歴史的経験から導かれる必要条件というべきである。
*6 : 「図2」は、原子力に関する共通の構造として措定された「図1」を、「グローバルな核抑止体制の変化」および「旧社会主義国を含む国際社会の原子力利用の現状」という二つの課題に適用し、この構造を通して、どのような具体的な課題が導かれるのかを示したものである。
*7 : 従来の考え方からすれば、「非核兵器保有国の能動的な不拡散政策」というのは、ほとんど語義矛盾に近い、ということになるであろう。
*8 : たとえば日米防衛協力の指針見直しの中で、核抑止力は米国に依ることが述べられているが、具体的に、どの戦略核兵器が割り当てられているのか、在日米軍はトラップワイアーとして機能するのか、といった点は、必ずしも明らかになっていない。通常、日本に対する米国の「核の傘」は、戦略空軍の運用するALCM(空中発射巡航ミサイル)と短距離核ミサイルおよび攻撃型原潜が搭載するSLCM(海洋発射巡航ミサイル)が分担する、と考えられている。後者については小川伸一『核軍備管理・軍縮の行方』芦書房、1996年、217頁を参照。なお、Nuclear Posture Reviewは、後者について特に配慮しているように見える。
*9 : Mack, Andrew, "Proliferation in Northeast Asia," Occasional Paper, No. 28, Stimson Center, July 1996.
→トップページへ戻る