「情報化時代」の外交と情報

「情報化時代」の外交と情報

多摩大学 情報社会学研究所
山内康英

はじめに
国家が収集する情報およびその手段
情報産業化と国際政治の動向
情報化の進展と国際社会の情報の流れ

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1. はじめに

情報と国際政治

近年、国民国家、地域機構、多国籍企業、NGO、国際機関といった国際社会の「行動の単位」の種類や数が著しく増加している。このような行動の単位は、その目的に照らして、必要な場合には互いに影響を与えたり、互いの行動をコントロールしようとする。このような行動の単位が、数多く国際社会に併存する理由は何だろうか。

人間が社会的に振る舞おうとすれば、そこに集団や組織が生まれる。人々が民族的、宗教的、あるいは経済的理由から政治的に振る舞おうとする毎に、新しい政治的な行動の単位が社会に作り出されて行く。他方、近代化(modernization)の一側面として、民族的な自決権や表現や結社といった基本的な人権は拡大する傾向にある。†1また、相互依存関係の進展にともなって、人々は国際社会のより複雑な利害関係の網の中で暮らすようになり、政治的発言力を求めて、個別の利害を代表する社会的な集団を作り出す。このように考えれば国際社会に、多様で重層的な政治の行動単位ができるのも不思議ではない。

情報と知識は、安全保障と経済のシステムを構想し、作り出すものである。また情報や知識は、外交活動や軍事的活動にとって重要であり、経済システムを動かすと同時に、経済的に取引される商品である。言い換えれば、情報と知識は、さまざまな行動の単位が、その目的を追求するための活動と密接不可分に関わっており、そのような目的追求の中には、当然、他の行動の単位をコントロールしようとする活動が含まれる。†2

外交と国際政治は、国際社会のさまざまな組織や集団が、互いに影響を及ぼしたり、価値を追求しあったりする総体に他ならない。情報と情報の体系的蓄積である知識は、集団間の相互作用の手段として重要である。情報化の新しい技術が利用できる場合には、当然、これを政治や外交に使おうとする。組織や集団が、他の組織や集団の行動に影響を及ぼしたり、その行動をコントロールするような状況にあるとき、両者は広い意味の「権力関係」にある、ということができる。このような観点からすれば、軍事力や経済力などと並んで、情報と知識は、国際社会の権力(パワー)の一つの淵源に他ならない。†3いわゆる情報化の進展にともなって、国際社会の権力の一要素としての情報や知識の重要性は増している。


情報化と国際政治:三つの視点

国際社会の変容の一端として、情報技術の革新によって情報の流れがグローバル化したことが挙げられる。戦争、災害、環境破壊、人権抑圧──こうした事件は、ただちに地球大の規模で報道されることによって、「事件」や外交上の課題となり、これと利害関係を持つ政府は何らかの対応を迫られる。

他方で国際社会のさまざまな行動の単位は、情報化の新しい可能性を掴むことによって影響力の拡大を図ろうとしている。従来より、国民国家は、学校教育や新聞等を通じて「国民」のイメージを創り出してきた。†4また、ラジオ放送や衛星テレビといったマスメディアの普及とともに、これを通じて自国のイメージを伝えたり、場合によってはプロパガンダによって国内・国際世論を喚起するようになっている。†5

これとは別に、国際政治や外交、軍事戦略において、正確な情報を把握する重要性は歴史的に繰り返し証明されている。各国の政府は、合法・非合法の手段を使って、また最新の技術を使って、情報を収集したり、操作するための部署を置いている。情報は外交の手段であり、また同時に、国家がより高次の政治目的を追求する手段としての外交活動の目的でもある。このように情報および情報化と外交の関係は複雑である。

本章では、以下の三点から情報化時代の外交と情報の問題を取り上げたい。第一点は、国家が国際政治の要請に応えるために、どのような手段で情報を収集・分析しているのか、ということである。国家によって収集・分析される情報は、安全保障上の戦略情報に関連したいわゆる「諜報」と、外務当局が日常の外交活動に用いる情報に大別される。とりわけ戦略情報の分野では、情報技術の革新によって国家の情報収集の手段が変化している。

第二点は、情報化自体が国際政治のイシューとして登場してきた、ということである。1970年代以降の経済摩擦は、鉄鋼、自動車、半導体と、時系列的にその焦点を移してきた。今後、各国の電気通信市場の開放、情報関連の技術の標準化(standardization)、知的財産権などといった情報通信分野が、国際政治の争点となる可能性がある。他方、近年、情報産業をいかにして立ち上げるのかという課題をめぐって、各国が一種の産業政策を取るようになってきた。これと関連して、新しい経済システムに適合的な電気通信事業(電話や移動体無線、コンピュータ通信等)や放送事業(地上波TVやCATV、ラジオ)の再編成、世界情報基盤建設をめぐる各国間の政策調整といった政策課題が生まれている。このような動きは、産業の情報化という長期的な経済システムの変化を反映したものである。換言すれば、経済の動きがイシュー毎に政治化(politicization)し、各国の国内動向と連動しながら、国際的なレジームが形成される、という政治─経済的な相互作用が、情報産業の領域にも現れつつある、ということになる。

第三点は、国際的な電気通信手段の多様化や、衛星放送などの国境を越えたマスメディアの活動によって、各国の社会集団の意識や行動が変化しているのではないか、ということである。これはしばしば冷戦終結にともなう政治体制の変化と結びつけられる。†6他方、近年、急速な進展を見せるコンピュータ・ネットワーク(インターネット)は、史上最初の単一の地球規模の情報基盤となる見通しが高い。このような情報交換の新しい手段は、複数の政府と社会内部の集団──国際社会の活動の諸単位──を複雑に結び合わせる形で、知的連携を作り出す可能性を持っている。このような知的連携は、課題指向的(issue-oriented)であり、国境を越えて専門的な知識を広く共有しようとするが、他方で非ー継続的で参加組織の組み替えが早く、状況対応的な傾向が強い。

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2. 国家が収集する情報およびその手段

冷戦とインテリジェンス・コミュニティーの活動

徴税や警察・軍の活動は、国家が独占する機能である。この両者とも資金や物品、人々の動きを把握するところに活動の出発点があり、どの国も情報収集・分析・報告を専門に行う組織や機関を発達させている。また戦時には、陸・海・空軍が、情報──ここでいう情報はインフォメーション(information)ではなく、インテリジェンス(intelligence)に相当する──を収集・分析するための部署を設置し、独自の必要に併せて活動を行うのが普通である。たとえば米国のNSA(National Security Agency:国家安全保障庁)は、無線の傍受や暗号の解読(後述するSIGINT(Signals Intelligence))を担当する各軍の部署を統合して、1952年に作られた組織である。一国の情報組織を総称して「インテリジェンス・コミュニティ(intelligence community)」などと言うことがある。外交当局、公安警察、軍事組織などが、異なる発展の経緯を持ち、また独自の情報活動を行うために、インテリジェンス・コミュニティの実態は複雑である。†7
インテリジェンス・コミュニティが情報を収集する手段は多岐にわたっている。まず、実際に外交当局が情勢分析に用いる資料の9割は、「公開資料(オープン・ソース)」に拠るものだと言われている。†8このために情報機関は、通常、担当地域の新聞、雑誌を継続的に読んで、関心の対象となる社会の動きを把握するとともに、事件が起こった場合には、その推移の予測を任務とする地域専門家を多数擁している。日
刊紙や定期刊行物だけでなく、技術専門誌や学会の会報などを綿密に追跡することによって、一国の政策や組織の変化、人事の異動、技術動向などを、かなり正確に把握できると言う点で、専門家の意見は一致している。

次に、公開資料に基づくもの以外の情報活動として、特定の個人の知識やその人的ネットワークを利用するものがあり、これを総称してHUMINT(Human source Intelligence)などと呼ぶ。米国を例にとれば、CIA(Central Intelligence Agency :中央情報局)とDIA(Defense Intelligence Agency:国防情報局)の一部局が、主としてHUMINTを担当している。また、これとは別に第一次大戦以降、航空機による偵察や画像撮影が重要な情報収集の手段となっている。1960年代以降、米国とソ連†9は人工衛星を利用した情報収集に力を入れるようになっており、現在までに打ち上げられた人工衛星の約7割は、このような軍事目的だと言われている。航空機や衛星によって収集した画像を分析して戦略情報に利用する活動は、IMINT(Imagery Intelligence)などと呼ばれる。

冷戦時代を象徴する有名なIMINTおよびHUMINT活動の例として、U-2型戦略偵察機の活動がある。1962年にソ連は、キューバに中距離核ミサイル基地を建設し、米・ソ間の緊張が高まった。このキューバ危機の発端となった情報の中には、CIAが運用するU-2型機の撮影したものがあった。また米国の分析官が、画像情報からミサイル基地を特定できたのは、モスクワの米国大使館経由でソ連軍の基地建設マニュアルを入手していたからだ、と言われている。この情報はソ連軍内部の情報提供者からもたらされたものだった。CIAのU-2機は、1956年からソ連領土内を飛行して核実験施設、ミサイル基地、工業地帯や海軍港湾施設などの情報を集めていた。この機体は2万メートルの高空を飛ぶため、ソ連側は長らくこの活動を阻止できなかった。その後、ソ連防空軍は新型の地対空ミサイルを配備し、1960年5月1日、ウラル地方を偵察飛行中のU-2機を撃墜した。操縦していたCIAのパイロットは捕虜になり、同月に予定されていた米・ソ首脳会談は中止された。†10

これとは別に、通信やレーダーの電波を傍受したり、その暗号を解読することによって、軍の動きや作戦を探知しようとする活動があり、SIGINTなどと呼ばれる。1983年8月の大韓航空機撃墜事件の調査の中で、ソ連防空軍の戦闘機と基地の交信記録が状況資料として利用されたが、その一部は自衛隊の機関(陸上幕僚監部調査部第二課別室)によって傍受されたものだった。情報技術の発達に伴い、また冷戦が激しくなるに従って、米・ソはSIGINTのための通信傍受施設を世界各地に張り巡らせた。たとえば楚辺通信所(沖縄県)にある巨大なアンテナは、前述のNSAの活動と関連したSIGINT施設だと言われている。また米・ロはSIGINTの能力を持つ軍事衛星を多数、運用している。†11


冷戦の終結と「情報の傘」

情報化の進展は、軍事ドクトリンや各国の防衛態勢とも無関係ではない。最近、革新的な情報技術を軍事戦略や部隊の運用に適用し、これを根本的に再編成しようとする議論が米国などに見られる。たとえば湾岸戦争の際の多国籍軍は、「エアランド・バトル」と呼ばれる空・陸一体の作戦を展開したが、これは衛星情報等の大域的な情報を部隊運用や巡航ミサイルなどの精密誘導兵器に利用し、大規模な陽動や柔軟な迂回、前線の背後にある後方梯団への攻撃等を行おうとするものだった。これは元来、NATO軍がワルシャワ条約機構軍との戦闘を想定して開発したドクトリンをイラク軍に適用したものである。湾岸戦争以降、地域紛争に広く適用可能なものとして、革新的な情報技術を利用した戦術が注目されるようになった。†12
冷戦後の世界でも地域的な緊張は残っており、先進的な手段による情報収集の重要性は依然として高い。たとえば1993年に北朝鮮†13の核兵器開発疑惑を究明する過程で、軍事衛星の情報や、地球観測衛星の画像を処理して得られた画像情報が利用されたと言われている。日本の例を述べれば、1995年に発表された首相の私的諮問機関である「防衛問題懇談会」の報告書(『樋口レポート』)は、『冷戦後の不透明な国際情勢では、危険の存在がむしろ分散し拡散する』ことを前提として、『良く組織されたC3Iシステム──が不可欠であり、──偵察衛星の利用を含めた各種センサーの活用をはかるべき』だと提言している。†14

1995年になって、防衛庁は従来、分散しておかれていた情報収集・分析の部署を統合し、統合幕僚会議に所属する形で情報本部を設置することを決めた。†15なお、新聞報道によれば、防衛庁は情報収集能力を強化するために、2001年以降の次期中期防衛整備計画の期間内での運用をめざして、日本独自の偵察衛星を導入する方針を決めている。†16

冷戦後の国際環境の特徴は、安全保障面での不透明性が高く、的確な戦略情報の重要性が一段と高いということである。また、各種の安全保障レジームや集団的自衛(同盟)、国連といった多角的な枠組みを統合的に作用させることによって、紛争を抑止したり、これに対処しようとするケースが増えるであろう。†17このように迅速に情勢変化に対応し、各国の政策を調整する上でも、先進的な技術手段による情報収集と分析の重要性が高まっている。言うまでもなく、この分野において米国の能力は格段に高い。この点に注目してジョセフ・ナイは『(とくに、広い地域において何が起きているかをリアルタイムで掌握するという)新たに形成されつつある米国の軍事能力は、かつて米国が提供した核抑止能力(すなわち「核の傘」:著者註)に似た機能を友好諸国に提供できることを意味する』†18と述べ、こうした能力を「情報の傘」と名付けている。このような観点に立ってナイは、戦略的に機微な情報の共有化についても、米国は同盟国と協調的に行動すべきだと提言している。

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3. 情報産業化と国際政治の動向

情報産業化と経済システムの長期的変化

前節で述べたような新しい戦略情報技術の背景として、情報技術一般の革新がある。近代化のもっとも基層的な流れの一つは産業化であり、この近代化や産業化は、いくつかの段階を経て進んでいる。現時点が、近代化や産業化のどの局面にあるのか、議論は分かれるところであるが、少なくともわれわれが大きな産業構造の変化に直面していることは間違いない。現在の情報産業化を経済システムの長期的な変化の新しい段階として考える議論が見られる。†19

情報産業化と経済システムの長期的な変化についての議論は次のようなものである。1991年以降の日本経済の明らかな変調は、次の三つの特徴を持っていた。第一に、戦後、日本の高度成長の主要因の一つとなった国内の大量消費・耐久消費財市場、とりわけ家電や自動車の需要の伸びが止まったことである。消費のスタイルの変化に対応するために、製造業は少量多品種生産に移行した。開発の速度を早め、生産コストを減らすために、従来の系列を越えた形での企業間のネットワーク化やアウトソーシングが課題になっている。第二に、日本の製造業が急速に多国籍化し、生産拠点を海外、とりわけアジア・太平洋地域(米国を含む)に移したことである。この生産拠点の移動は、集中豪雨的輸出から生ずる社会摩擦を避けるための政治的対応と、円高および国内賃金の上昇という経済要因への対応が綯い交ぜになったものであり、予想を上回る速度で進んだ。生産コストを減らし、経営についての組織決定のスピードを上げるためには、従来の階層的な経営組織を変える過程で、組織の運営に情報技術を導入するとともに、このような地理的に離れた拠点をネットワーク化する必要がある。第三は、アジアNIEsおよびASEAN各国の経済成長にともなって、日本が資本財輸出基地としての性格を強めたことである。他方、日本の製品輸入は順調に伸びている。このような調達手段の国際化・多様化によって、消費財・資本財の国際的に見た相対的な価格は長期的に低下するであろう。

この問題を、より長期の産業化の変遷からみれば、次のようになる。家電や自動車といった消費財は、19世紀末に生じた技術革新──交流発電網や内燃機関、プラスティック等の合成素材──が、技術的に成熟し、人々のライフスタイルに取り込まれて大衆化したものである。経済成長の源泉の一つが技術革新にあるとすれば、19世紀末に登場した技術革新は、大衆消費財に利用されて広範な需要を生み出すというモメンタムを失っている。現時点は新たな技術革新の萌芽期にあり、われわれは試行錯誤と淘汰の中から、21世紀型の技術革新の波──イノベーション技術の発生集団化──が生ずるのを見守っているところである。

21世紀型の技術革新として、環境技術やライフサイエンスが予想されるが、その中でもっとも早く立ち上がるのは情報技術であろう。大衆のための乗用車はヘンリー・フォードによって作り出された。情報家電のT型フォードは、おそらく21世紀にならなければ出現しないが、それはコンピュータとネットワークが分かち難く結びついたものになるであろう。これに対して現在、大衆消費社会の拡大段階にある国々では、事情が異なっている。アジアNIEsおよびASEAN各国に続いて、中国の沿海部で高度大衆消費が始まるとすれば、当面、世界市場が「過少消費の罠」に陥るとは考えられない。

現段階の情報産業化は、まず国際的な競争の中で既存産業領域のネットワーク化と、これにともなう内部費用や取引費用の低下に現れる。日本の製造業にとって、アジア・太平洋地域に分散する生産拠点をネットワーク化し、デザインや設計のスピードを挙げたり、分業にともなう内部費用を減らすことが重要になる。たとえば国内と海外の工場でCAD/CAMを運用し、電子メイルや図面のデータをネットワークでやり取りするとともに、「イントラネット」†20で内部の会議の情報や経営資料を交換するようなことは、どの企業でも日常の作業になるであろう。(そうでない企業は、より激しくなる競争の中で淘汰される可能性が高い。)他方、組立メーカーと部品・下請け企業との関係はより柔軟になり、製品毎に関連企業の組み替えをスピーディーに行うことが、生産コストの削減にとって重要になる。このためには、製品の仕様や契約のインターフェースを統一して、取引費用を削減することが必要になり、この点でも経営戦略の革新と、コンピュータネットワークというプラットフォームの重要性が増している。†21


情報基盤の建設

新しい情報通信政策についての各国のさまざまな構想は、電気通信産業の再編成と歩調を合わせて、あるいはその現実の進展を越えて進んでいる。その内容は、情報および新しい情報産業を梃子として、産業競争力の強化や雇用機会の創出、生活の質的向上や教育の活性化、さらに国によっては政府のパフォーマンスの向上や国民医療の改革等々を視野に収めている。多くの場合、国家情報基盤(NII)が、このように大きな革新を生み出す社会的インフラとして位置づけられている。

一方、各国の情報基盤の延長線上に、国際社会の課題として、世界情報基盤(GII)の建設が登場してきた。たとえば日本の有識者の会議である高度情報通信社会推進本部は、1994年12月に発表した意見書の中で、2010年までに日本全国の光ファイバー網の整備を完了するとともに、国際情報通信基盤構想の実現に取り組むことを提言している。しかしながら国家あるいは国内情報基盤(NII)の理論的延長がGIIであるのか、あるいはNIIの発展が自然にGIIに結びつくのか、その際、どのような具体的施策が可能なのか、などについては依然として議論が収斂していない。†22


産業政策としての側面を持つNII

NII建設の趣意は、国によってさまざまであり、依然として多くの争点が理論上のものにとどまっている。たとえば米国とシンガポールでは、当然、民間と公的部門の役割や、経済的発展段階から目標設定に違いが見られる。他方、各国のNII政策に共通に見られるものがある。それは情報および情報産業が今後、自国の経済活動全般に与える影響を予想して、自国経済の形をこの新しい経済活動に適合するよう変えて行こうとしていること、そのために政府が中心となって、自国社会に新しいビジョンを提示すべきだ、と想定していることである。最も広義の産業政策の定義を「ターゲティング」だとするならば、ここには一種の産業政策的指向が見られる。†23

NIIのもう一つの共通項である社会政策も、産業政策の一環として理解することができる。今後、経済構造、社会構造の変化にともなって雇用のミスマッチの改善、社会的弱者への施策、教育の改革、地域較差の是正等が必要になる。その際、情報及び情報産業は、それが経済・社会構造の変化を引き起こすものであり、また同時に新しい情報技術の導入によって、ここで言うような社会政策を実行する手段ともなる、と位置づけられている。言うまでもなく国際社会には、全体としてその生産性を向上させ、さらに所得再分配のメカニズムを使って社会政策を行うための政府が存在していない。NIIの産業政策としての側面は、GIIが何故、容易に離陸しないのか、という問いの端的な答えになっている。


現状のGII構想

a. グローバルな社会政策

GIIは各国の産業政策の枠外にあり、理念的には通常のNIIのような施策を適用することができない。それでは現状のGII構想は、この問題にどう答えているのだろうか。
GII構想の嚆矢となったゴア米副大統領の演説が、1994年3月のITU情報通信開発会議(ブエノスアイレス会議)の席で行われたことは示唆を含んでいる。この会議の基調講演の中でタリヤンヌITU総長は、情報および情報通信基盤が発展途上国の経済に与える影響に言及しながら、環境、人権、貧困との戦いに並んで、情報および情報基盤建設が国際社会の課題として再定義された、と述べている。これはGII構想を、先進国から途上国への一種の国際的な所得再配分の一環として考えることに他ならない。1996年5月に南アフリカで開かれた世界情報通信閣僚会議もまた、この延長上にある。実際に新しい経済領域でキャッチアップを図ることによって、拡大する一方の経済・技術格差を挽回する機会を掴むことは、途上国にとって死活問題である。言い換えれば、このようなGIIは南北問題の一環であり、一種の擬似的社会政策として政府開発援助の対象に馴染むであろう。


b. 先進工業国の取り組み

GII構想と関連するもう一つの国際会議が1995年2月に開かれた。この「情報社会に関するG7閣僚会議」(ブリュッセル会議)は、二つの目標を持っていたように見える。第一点は、情報化を梃子とする競争力強化について、EU(欧州共同体)の結束を固めることであり、第二点は先進国間でGIIについて、一定の合意を得ることである。この会議の結論として、次の8原則、1.ダイナミックな競争促進、2.民間投資の促進、3.柔軟な規制の枠組みの整備、4.ネットワークへのオープンなアクセス、5.ユニバーサルサービスの確保、6.市民に対する機会均等の促進、7.情報コンテンツにおける文化的および言語的多様性の促進、8. 発展途上国への配慮、が採択された。

G7閣僚会議の考え方を端的に述べれば、NIIの自然延長、とりわけ民間投資と市場競争によってGIIが構築される、ということである。これを阻害するのは各国政府の規制であり、各国の文化や主権に配慮しながらも、オープンなアクセスと投資環境を整備すれば、GIIは自ずから発展するであろうと想定されている。

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4. 情報化の進展と国際社会の情報の流れ

国際社会の情報の流れ

市場の競争と各国の政策的対応の中から、情報産業化が順調に進展し、グローバルな情報基盤が構築された場合、従来の外交や国際政治の情報の流れはどのように変化するのだろうか。この問題を考えるために、まず、国際社会の情報がどのように交換され、これと不可分の問題として、複数の社会を横断する形で政策決定の連係がどのように作られるのか、という問題を採り上げたい。

国際社会の情報の流れと、複数の社会を跨いだ形での政策形成の連係(これをトランスナショナルな関係などと呼ぶ)†24 の最も単純なモデルは、国家間の情報の流れが外交当局によって一元化され、「内政は水際で終わり、外交が水際から始まる」と考えることである。このモデルでは、外交についての情報は、交渉に参画する外交当事者によってのみ取り扱われる。また複数の社会を横断する政策決定の連係は、交渉者の集団だけである。

言うまでもなく、これはきわめて理念的(あるいは古典的)な外交の在り方である。一般に経済・通商外交では、内政と外交が不可分である。つまり経済外交では、各国の国内に特定の経済利益を代表する集団があり、これが外交担当者の行動や選択可能な交渉範囲を左右する。たとえば日・米が経済分野の外交交渉を行う場合、二つの国内社会と、二組の外交交渉担当者の集団の相互作用を考える必要がある。したがって六つの相互作用の組み合わせが考えられることになる。†25

しかしながら外交の実情はより複雑である。たとえば対立するブロックが大きな役割を持っていた冷戦時代のように、二つの安全保障同盟が交渉する場合はどうだろうか。もし同盟の内部に世論の違いがあれば、交渉者は自国の世論に配慮すると同時に、同盟諸国の間の世論を調整しながら、相手の安全保障同盟と交渉しなければならない†26 さらに、NGOや野党の地位にある政党間の繋がり†27 や「非正式接触者」†28 を通じた情報の交換といった、外交交渉の当事者の外にある枠組みが、交渉のきっかけを与えたり、重要なアイデアを伝達する場合がある。また、マスメディアを通じて受け取る情報は、国内社会相互の認識に影響を与えている。現在の外交交渉を考える場合、通常、このような数多くの「行動の単位」の存在を前提とした複雑な情報の流れと、決定形成過程での連係を想定しなければならない。


インターネットの展開とその可能性

このように外交に参画する数多くの「行動の単位」にとって重要な情報は、国際機関、各国の省庁、民間の研究機関や大学、個人といったさまざまな場所に広く分散して存在している。その情報は必ずしも定型化されておらず†29 、マスメディアなどを通じて一般に公開されてもいない。†30 このような情報は各国の言語に依存しており、これを蓄積する手段もさまざまである。情報技術、とりわけコンピュータとそのネットワークの果たした大きな役割は、このような情報をデジタル化し、相互に交換する基盤を提供したことである。

今後、情報基盤としてのコンピュータネットワークがさらに発展した場合、国際社会の情報の流れは、どのように変化するのだろうか。インターネットのようなコンピュータネットワークの最大の潜在力は、国境を越えた情報の提供が、これまでの情報伝達の手段とは比較にならない容易さで行われることであろう。インターネットの持つ情報伝達の双方向性は、これまでの国際社会の諸主体が持っていた情報経路を大きく変えるものである。これを図式的に描けば「図1」のようになる。


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「図1」

この図が示しているのは、従来、設立が困難だった国際社会のさまざまな行動の単位の間の情報交換の経路が、オープン、クローズドの両面で開かれる可能性がある、ということである。たとえばNGO(Non Governmental Organization)が、インターネットを使って個人に向けて情報を発信することが考えられる。「図2」は、Amnesty Internationalのホームページであるが、ここから人権関係の資料が入手できるだけでなく、このページには人権侵害に対する緊急措置に応ずる同組織の地域支部および、そのコンタクト・パーソンの氏名や電子メイルの宛先が記載されている。†31(以下で紹介するインターネット上の情報は1996年5月現在のものである。)

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「図2」

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「図3」

これとは別に1994年になって、国連の多くの機関が独自にインターネットのサイトを設立し、World Wide Webで情報を提供するようになった。DHA(Department of Humanitarian Affairs: 国連人道問題局)は、1992年に既存の関連組織を統合して組織された部局で、自然災害や産業災害、紛争にともなう被災等に対処する際に、諸機関の調整を計ることを主な任務としている。DHAは、災害が生じたときに機動的な運営を計るために、事前集積や輸送手段について配慮しているほか、毎月の担当者名をアナウンスしている。また、地震や洪水のような災害に襲われた地域に調査員を派遣して状況報告書をネット上で公表している。

日本政府の情報提供として、首相官邸の運営するサイトがある。このホームページは、各省庁やその研究機関が独自に運営するWWWサーバーにリンクを張っている。(図3)†32

1995年8月に話題になったのは、富士フィルムが米国通商法301条に基づくコダックの提訴への反論書を、インターネットの自社サイトで配布したことである。他方、コダックは米国通商代表部に提出した請願書を、やはり自社サイトで配布していた。これはマスメディアを介さずに、企業から個人への国際的な伝達経路が開かれた初期の例となるであろう。一種の国際的公開討論が一般化した場合、インターネットにアクセスする能力を持たない企業や組織は、はじめから主張の権利を放棄することになってしまう。


情報不均衡と日本

日常の外交交渉を振り返ってみれば、日本と国際社会との「情報不均衡」──日本が自国の活動について説明するために国境を越えて提供する情報の質や量と、他国の活動を説明する資料として日本が受け取る情報の較差──が、経済的・政治的摩擦の一因となっているのではないか、という懸念が、近年、いっそう強まっている。
たとえば1995年6月の日米自動車協定交渉をめぐる社会的摩擦が、どの程度、誤解や情報不足に起因するものなのか、あるいはある程度の正確な情報が与えられた上で、二つの国の間に、実際に折り合いのつかない利害の対立が生じていたのかは分からない。(当然、その両方の側面を持っているのであろう。)いずれにしても経済摩擦等から生ずる政治交渉に備えて、日本の対外情報発信を強化する重要性は今後も変わらない。その理由は、たとえば日・米間に、ステレオタイプの偏った理解に基因するナショナリステックな相互刺激の悪循環が生じて、正常な外交交渉を妨げるのではないか、という懸念があるからである。

日本に情報不均衡が生じる原因として、いくつもの点が指摘されているが、その一つとして研究所やシンクタンクの問題がある。議会や行政府、大学や企業に属する、あるいは独立の研究所やシンクタンクは、本来、異なる社会と社会の情報を媒介する「結節点(node)」としての機能を持っている。

それぞれの国内政策の変化に際しては、研究所やシンクタンクのメンバーが情報を携えて、国際社会のカウンターパートとなる組織を訪れ、そこで自国の政策の意図と影響を説明する。訪問を受けた組織のメンバーは、議論の中で自国の社会の意思を訪問者に伝え、また自国の社会に訪問者の意図を伝達する。このような言わば「古典的外交」の一手法は、とくに外交の聴衆の数の限られている安全保障領域や、政治的に高度な判断を要求される経済領域の政治交渉では、依然として重要な情報伝達の手段となっている。この種の近代西欧社会が外交活動の中で発達させてきた対外情報接受のメカニズムを、日本の社会は依然として十分に備えていない。言葉の問題等から、この不備を早急に解決することは困難であるが、情報ネットワークによって、一種の仮想的な結節点をつくり出すことは可能であり、この点から、日本の研究組織が積極的にコンピュータネットワーク上の活動に参加することが期待される。†33

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†1 政治的な集団化の契機や知識を欠いている第三世界の広範な社会階層の問題については、以下の本を参照。ジョン・フリードマン、『市民・政府・NGO:「力の剥奪」からエンパワーメントへ』新評論、1995年。

†2 また別な観点からすれば、知識は社会システムの中の「説得」の体系として定義される。知識がイデオロギーや宗教に形をとった場合には、これを広く普及・教化しようとする活動が生まれる。次の研究は、政治行為の基本類型として、脅迫、取引および説得を区別する。公文俊平『情報文明論』NTT 出版、1994年、第4章。同書はまた、政治的な力(パワー)を、さまざまな行動の単位(「主体」)の間の相互制御として考えている。同様なパワーの概念の整理として、蝋山道雄「国際政治における「力」の概念とその再構成」廣瀬和子・綿貫譲治編『新国際学:変容と秩序』東京大学出版会、1995年。

†3 情報や知識を、国際政治学の伝統的な分析概念である権力(パワー)との関係で取り上げた最近の研究として、ジョセフ・ナイやスーザン・ストレンジの著書がある。ナイは、覇権国(hegemony)──ここでの覇権国とは、国際社会に秩序を与えるリーダーとして肯定的な意味合いが強い──の権力の源泉として、理念や文化を重視し、これが国際社会の求心力になるものだと論じて、広い意味での知識や情報を「ソフト・パワー」と名付けた。Nye, Joseph S. Jr., Bound to Lead: The Changing Nature of American Power, Basic Books, 1991. 他方、ストレンジは、国際社会の権力の要素として、軍事、経済と並んで知識を挙げている。ここで言う権力の要素は、国際社会の富の配分に一定のパタン(構造)を作り出すものである。知識の体系は、人々の認識の枠組みを構成するものであり、構造化された権力と呼ぶのに相応しい。スーザン・ストレンジ『国際政治経済学入門』東洋経済新報社、1994年、第6章。この両者とは違う論点として次の本がある。Ernst B. Haas, When Knowledge Is Power : Three Models of Change in International Organizations, University of California Press, 1991.

†4 ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』リブロポート、1987年。

†5 プロパガンダとは、「プロパガンディストの望む意図をさらに促進するような反応を得るため、知覚を形成し、認知を操作し、行動を指示しようとする周到で組織的な試み」などと定義される。ガース・S・ジャウエット/ビクトリア・オドンネル『大衆操作:宗教から戦争まで』The Japan Times、1993年、7頁。『世界の列強のほとんどが偽情報(「対象とする個人や集団に送り込まれた偽りの、または誤解を招く情報」)を広く実行している証拠がふえており、これは国際政治の現実を反映している。』同書、22頁。日本の戦時下の放送については、竹山昭子『戦争と放送:資料が語る戦時下情報操作とプロパガンダ』社会思想社、1994年。政治的影響力から見れば、ラジオの果たす役割は依然として大きい。たとえばVOAやBBCは40カ国以上で放送されている。カンボジアの国連平和維持活動では、UNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)がラジオ局を設立して、国民選挙に向かう市民参加の社会的潮流を作り出そうとした。山内康英「カンボジア1年:UNTACから日本は何を学ぶか」『中央公論』1994年8月、161頁。

†6 つまり新しい情報技術の導入によって、社会内外の情報の流れが変化し、社会主義諸国の中央集権化された政治体制の崩壊につながった、という主張である。この議論の評価として次の研究がある。ユージン・B・スコルニコフ『国際政治と科学技術』NTT出版、1995年、136~144頁。

†7 米国のインテリジェンス・コミュニティは以下の13の組織によって構成されている。Central Intelligence Agency、Defense Intelligence Agency、National Security Agency、National Reconnaissance Office、The Central Imagery Office、Army Intelligence、Naval Intelligence、Marine Corps Intelligence、Air Force Intelligence、Department of State: Bureau of Intelligence and Research、Department of Energy: Office of Intelligence、The Treasury Department : Office of Intelligence Support、The Federal Bureau of Investigation。米国の情報機関の活動については、秘密活動の規模が大きく、また米国国民の日常生活に関与する程度が高いため、これを政治的コントロールの下に置こうとする議会や大統領府の活動が続いている。

†8 ジェフリー・T・リチェルソン『剣と盾:ソ連の情報戦略』時事通信社、1989年、第6章。これは情勢分析を行う相手の社会が、どの程度、オープンかという問題と関連している。

†9 以下ではCISの1991年以前の呼称であるソビエト社会主義共和国連邦の略称として、「ソ連」を使う。

†10 U-2機は厚木基地にも配備され、高空の気象情報を収集するという名目で中国本土上空を飛行していたことが知られている。

†11 SIGINTの別の例として情報収集艦の活動がある。NSAは米海軍の情報収集艦を利用して、領海外から各国の信号情報を傍受しようとした。ところが第二次中東戦争の際、イスラエルとの間にリバティー号事件を、またこれに続いて1968年1月に北朝鮮との間にプエブロ号事件を起こし、情報収集艦の運用を中止している。他方、ソ連海軍は情報収集艦を広く利用し、西側の演習やミサイルの試射の際には、決まったようにこの種の艦船を派遣していた。なお、楚辺の米軍基地は1996年4月の日・米首脳会談で日本への返還が決まった。

†12 アルビン・トフラー/ハイジ・トフラー『戦争と平和』フジテレビ出版、1993年。

†13 朝鮮民主主義人民共和国の略称として北朝鮮を用いる。

†14 防衛問題懇談会『日本の安全保障と防衛力のあり方』大蔵省印刷局、1995年8月、21頁。コマンド、コントロール、コミュニケーション、インテリジェンスを併せてC3Iなどと言う。

†15 この情報本部の規模は1650人程度で、画像部と電波部がおかれている。情報本部の運用は1997年から始まる予定である。

†16 『日本経済新聞』平成8年5月5日(朝刊)。

†17 アジア・太平洋地域の安全保障政策が、グローバル、リージョナルな多重的構造の組み合わせによって構想されるべきである、という主張として次の著書がある。渡邊昭夫『アジア・太平洋の国際関係と日本』終章「アジア・太平洋の地域主義と日本外交」東京大学出版会、1992年。

†18 ジョセフ・S・ナイ、ウィリアム・A・オーエン「情報革命と新安全保障秩序」『中央公論』1996年5月、358頁。

†19 公文、前掲書、第9章。

†20 組織内の情報交換や共同作業に利用するグループウェアの中で、インターネットと連係するものを「イントラネット」などと呼ぶ。

†21 國領二郎『オープン・ネットワーク経営』日本経済新聞社、1995年。

†22 この節の議論は、情報通信政策研究会第9提言(薬師寺泰蔵、山内康英)1996年3月に負うところが大きい。

†23 村上泰亮『反古典の政治経済学』下、中央公論社、1992年、91頁。

†24 Robert O. Keohane , Joseph S. Nye, Power and Interdependence, Scott Foresman & Co, 1989.

†25 ここでいう相互作用を図示すれば次の通り。

このような、いわゆる「2レベル・ゲーム」理論のケーススタディーとして次の研究書がある。Peter B. Evans , Harold K. Jacobson , Robert D. Putnam, eds., Double-Edged Diplomacy : International Bargaining and Domestic Politics, University of California Press, 1993. 農産物の交渉について、利害を同じくする圧力団体の形成が、国境を越えた形で作られた例を採り上げた研究として以下のものがある。草野厚『日米オレンジ交渉』日本経済新聞、1983年。この交渉では、自由化に賛成する日・米のグループと、これに反対する日・米のグループが、それぞれ両国の政府に働きかけた。

†26 Knopf, Jeffrey W., "Beyond two-level games: domestic-international interraction in the intermediate-range nuclear forces negotiations, International Organization, Autumn 1993.この研究は、1980年代の中距離核ミサイル交渉(INF交渉)をめぐる米国、西独、ソ連の交渉をテーマにしている。INF交渉の過程で、西側は、ソ連の中距離核(SS-20)に対抗する独自の中距離核(パーシングII型)を配備しつつ、中距離核兵器の全廃交渉をすすめるという「ダブル・トラック」を選択した。中距離核が欧州に配備された時点で、欧州西側諸国の反核運動が高まったために、NATOという同盟の枠を前提として、米国世論、欧州世論、米・独・ソ連の交渉者という多重的な相互作用が生じた。

†27 Risse-Kappen, "Ideas do not float freely: transnational coalitions, domestic structures, and the end of the cold war," International Organization, Spring 1994. ソ連はゴルバチョフ政権の下で、従来の攻勢的な戦略ドクトリンを変化させ、「戦略的十分性」や「協調的安全保障」といった概念を取り入れるようになった。この研究は、パルメ委員会のような欧州のNGOや、ドイツの社会民主党とソ連側との人的ネットワークが、新しい戦略概念をソ連の政策決定集団に伝達したという点を強調している。

†28 「接触」とは個人によって行われる国家間のコミュニケーションを指す。また、1. 公式の接触資格を当事国政府から得ているか否か、2. 相手方との接触の事実が、マスメディアなどを通じて公表されているか否か、の区別によって、公式の資格を得た交渉者の活動が公表されるケース除く、広範な国家間のコミュニケーションが「非正式接触者」の活動に分類される。西原正「日本外交と非正式接触者」日本国際政治学会『日本外交の非正式チャンネル』1983年10月、2頁。戦後の日本外交で、非正式接触者の活躍した有名な例として沖縄返還交渉がある。この交渉ではキッシンジャー大統領補佐官の日本側カンウンターパートを若泉敬京都産業大学教授が務めた。若泉敬『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』文藝春秋、1994年。

†29 情報の提供を、従来型の「データベース」で行なおうとする際の一つの問題は、その情報が定型化されていなければならないということである。情報提供について、中枢型の「データベース・ソリューション」と、分散型の「ネットワーク・ソリューション」を比較した分析として、以下のものがある。「グローバル・シンクタンク・ネットワーク研究:国際的政策研究機関のネットワークによる交流促進に関する研究」『NIRA研究報告書』総合研究開発機構、1994年。

†30 公開文書と非公開の秘密文書の中間に位置する広範な情報を「灰色文書(gray literature)」などという。灰色文書は、特定の組織のネットワークや、人的繋がりの中で回覧される。

†31 http://www.amnesty.org/

†32 http://www.kantei.go.jp/ 首相官邸のサーバーは1994年8月に立ち上がった。これは日本政府がインターネットを通じて情報提供を始めた最初の例である。なお、1996年5月、次のような首相のメッセージが、このサイトに掲載されていた。これも政治家(交渉担当者)と外交の一般聴衆の間に、これまでになかった情報経路が開かれた初期の例となるであろう。『「日米首脳会談への国民の皆様からのご意見への御礼」日米首脳会談への意見募集については、極めて多数の国民の皆様から貴重なご意見を頂きました。電子メールを通じて、国民の皆様のこの会談へのご期待を直接肌身に感じ、また、多数の貴重なご意見を頂戴したことは、いささかの緊張感をもってこの首脳会談に臨もうとしていた私にとって心強い励ましでありました。この場を借りて心から御礼申し上げます。おかげさまでクリントン大統領との会談においては、友好的雰囲気の下、建設的な話し合いを行うことができ、二十一世紀に向けての日米関係を構築する上で新たなページを開くことができたのではないかと考えております。我が国は今、歴史的に大きな転換期にさしかかっており、内政、外交上の課題が山積いたしております。私としてはこれに全力をもって取り組んでまいる決意でございますので、今後とも国民の皆様のご理解・ご協力を心からお願い申し上げます。平成八年四月十八日 内閣総理大臣 橋本龍太郎』

†33 ネットワーク化が進んだ社会は、これを利用した犯罪や、テロ活動に対して脆弱になる。また、ネットワーク上の情報の総体は、その社会の活動全般を映し出すものであり、情報収集のための公開情報源(オープン・ソース)として利用されるようになるかも知れない。

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