仮想インタビュー:情報社会とウィキリークス

山内康英

さて、ここ2・3 日の新聞を見ていると、ある言葉がやたら目に付きます。特に外交面(欄)ではそうです。それは、「ウィキリークス」という言葉。例えば、昨日の朝日新聞夕刊を見ると、ウィキリークスが暴露したアメリカの文書によって見えてきた「中国の北朝鮮に対する見方」や、今回の暴露に対するクリントン国務長官やイタリア首相の反応などが一面で大きく記事になっています。

この「ウィキリークス」、記事では民間告発サイトと表記されているのですが、私を含めたネットに強くない人にとってはどんなものなのか分かりにくいものです。例の「中国漁船衝突事件」でYouTubeというものがネットユーザー以外にも知られるようになったように、今回の騒動で「ウィキリークス」という言葉も知っておかねばならないものなってきているのかもしれません。

そこで、今日の「聞きナビ」は、「ウィキリークス」とは何ぞや?ということでお送りします。今日、話をお聞きするのは危ないネットメディアに詳しい多摩大学情報社会学研究所教授の山内康英先生です。


  • こんにちは。今日はよろしくお願い致します。
  • よろしくお願い致します。
  • まず、「ウィキリークス」とはどんなものなのですか?いつ、誰が、どんな目的で始めたものなのでしょうか?(サイトの概略・目的)
  • ウィキリークス(Wikileaks)は、政府や企業の秘密の情報を公開するウェブサイトです。2006 年末にジュリアン・アサンジさんというオーストラリア人を中心とするグループが準備を始め、2007年から本格的に動き出しました。その目的ですが、ウィキペディアというオンラインの辞書があります。いろいろな人の知恵や知識を集めればより正しい情報になるという考え方ですね。これを集合知と言います。何々ペディアという試みがたくさんできまして、その一つが秘密情報を公開するウィキリークスということになります。たとえばカメラペディアというのは古カメラ愛好者が集う穏健なサイトです。http://www.camerapedia.org/wiki/Pilot_6
  • さて、今回はアメリカの外交文書が掲載され騒ぎになっていますが、この「ウィキリー
    クス」というサイトには、どんなデータが収められているのですか?政治的なものだけではないのですか?(開催されている文書に種類や量について)
  • 情報の内容は、政府文書、企業秘密、業界団体、個人のゴシップ的なものなど広い範囲です。全部で200 万点は超えているでしょう。ただし1 点のカウントには注意する必要があります。とても短い外交電信も1 点に数えているようです。
  • 我々でも、そんな文書を見ることができるんですか?(簡単な調べ方) 英語ですよね?
  • 25 万点の外交文書というのはとても大きな分量です。見ると言ってもとても見られるものではありません。まず精査して分類する必要があります。ガーディアンというイギリスの労働党系の新聞がこれを分類して自分のサイトに掲示しています。ウィキリークスの閲覧ですが、Google で「ガーディアン」と打つのが一番早いでしょう。Wikileaks.org が本拠地のウェブですが、現在、アクセスすることが出来ません。ウィキリークス側は大規模なDDoS 攻撃に遭遇と言っています。これはTwitter 経由です。http://twitter.com/wikileaks/ウィキリークスではアクセスを確保するためにミラーサイトを各地に設けています。以下のウェブは現在のところアクセスできます。http://mirror.wikileaks.info/
  • 逆に載せる方、「ウィキリークス」への情報の投稿というのは誰もができるものなのですか?そしてそのまま、サイトを管理する誰かが判断することなく掲載されるものなのでしょうか?(投稿システムについて)
  • 投稿はウェブページから出来ますし、郵送でも良いと言っていますが、やったことがないのでわかりません。掲載の前にウィキリークス側が事前審査をします。
  • その投稿に関してですが投稿者の秘密は守られるものなのですか?「漁船衝突事件」で注目を浴びた映像投稿先のyoutube の場合は、警察から求められ、データを公開したと聞きますが・・。(投稿者の匿名性の保持は)
  • ウィキリークスは秘密が守られると言っています。一つの例外は、この夏ロイター現地人記者2 名を含む市民を攻撃した米軍ヘリコプターの映像をウィキリークスに送った容疑で逮捕された米軍のマニング上等兵です。しかしこの事件は別のルートから検挙されたと報道されています。具体的にはマニング上等兵が友人に送ったチャットの内容を、その友人がFBI に通報したと言うことです。
  • あと気になるのは掲載されているデータ、文書の信頼性なんですが、その点についてはどうなんでしょうか?(掲載データの信頼性)
  • ニューヨークタイムス(米)、シュピーゲル(独)、ガーディアン(英)という各国の大手新聞が事前に調査をしています。また集合知によって信頼性が維持できる、ということ自体がウィキの根拠になっています。
  • 今回の外交文書暴露を含め、こうしたサイトを作り維持していることは法的に見た場合、セーフと言える行為なのでしょうか?(暴露サイトの合法性、不法性について)
  • ウィキリークス側も事前に法的問題は良く検討しており、どの政府も運営自体の違法性を明証することは出来ていないようです。各国政府ともどのような法的規制を掛けることができるか急遽検討しているところです。
  • こうした行為に当然、政府は反発しますから、「ウィキリークス」への圧力もあるそうですね?(各国政府などからの圧力は)
  • 関係国は中心人物のジュリアン・アサンジ氏に対して大きな圧力を掛けています。ガーディアンの記事によるとスウェーデンの要請により国際刑事警察機構(Interpol)が所在地通報の公告を出したとのことです。容疑は性的な傷害行為ですが、真相は錯綜してよくわかりません。http://www.guardian.co.uk/media/2010/nov/30/interpol-wanted-notice-julian-assange
  • この「ウィキリークス」の行為についての海外での評価というのは、毀誉褒貶あると思
    いますが、どうなんでしょうか?(サイトの存在の受け止められ方)
  • 強く非難する声と、擁護する声が混じっています。活動を抑制しようとする政府の圧力は強まっていますが、他方で実際の情報開示は各国の新聞メディアがウェブなどで行っており、メディア全体の活動の一環になってきているようでもあります。なんと言っても、新聞はマスメディアの中で生き残りをかけていますからね。このように膨大なデータを分析することからメディアのストーリーを作ろうとする活動をデータベース・ジャーナリズムなどと呼んでいるとのことです。つまり新聞やテレビなどのマスメディアとの棲み分けないしはネットワーク化ですね。ジャーナリズムとウィキリークスとの関係については佐々木俊尚さんや次のBlog が良くまとめています。テレビのコメンテーターもだいたいこのへんの孫引きでした。
  • 今回の外交文書暴露で、「ウィキリークス」への圧力がさらに強まると思われますが、今後、どうなっていくのでしょうか?(「ウィキリークス」の今後)
  • ウィキリークス自体がいつまでも続くものかどうかは分かりません。次第に政府の活動に公然と反対する姿勢を強くしているようです。ある日、店仕舞していたとしてもまったく不思議はありません。なんと言ってもベスト・エフォートのインターネットですから、それはそれで構わないわけです。
  • 「中国漁船衝突事件」、そして「米外交文書暴露」と立て続けで、現場に近い所から秘密が漏れてくる事態が発生しましたが、「ウィキリークス」などの存在によって、こうした事はこれからも続くと考えていいのですか?(漏洩事件は続くのか)
  • 内部告発は一定の頻度で起こっています。有名なのが、ダニエル・エルスバーグ(Daniel Ellsberg)が1971年に告発したペンタゴン文書と、これに続いて72 年に起こったウォーターゲート事件です。この二つの事件はベトナム戦争に反対する立場から米国政府の関係者が起こしたもので、いろいろな経緯はありましたが、ニクソン政権の弾劾とベトナム戦争の終結に繋がりました。今度の漏洩事件もイラク戦争という批判の多い戦争と無関係ではありません。政府の政策に強い批判があるとき、またそれが広範な世論と結びついたときに内部告発が起こることになります。さて、今後も政府文書の漏洩が続くのかという予想ですが、米国の情報漏洩についてはアフガン戦争の政治的な終結と“You can change” を標榜する民主党大統領の政権交代という背景があるのかもしれません。まったく”You can change”とは良く言ったものです。何を言いたいかというと、ベトナム戦争と同じようなある種の特殊な政治的雰囲気の中で起こった出来事ではないか、ということです。また政権交代にさいしては常に政治的なタガの緩みが生じます。このように考えれば今後はこのような大規模な漏洩はそれほど多発しないのかもしれません。Wikileaks.org のHP にダニエル・エルスバーグの動画が載っていて、これは Democracy Now のインタビューに答えたものですが、「その中で今回の内部告発を40 年待った」と言っていたのが印象的でした。このように特殊な政治的雰囲気の中で起こったということ、また政権交代にさいしては政治的なタガの緩みが生じる、というのは日本の民主党政権と海保の事件でも同じ関係かと思います。まぁ、外務省の核持ち込みに関する日米覚書の暴露が示すように、政府自身がシャカリキになって機密文書の漏洩をやっているのが現状ですからね。
  • 今後とも内部告発が続くとして、われわれはこれをどのように考えれば良いのでしょうか?
  • 内部告発者のプロファイリングを考えてはどうか、というのが私の提案です。プロファイリングというのは犯罪の性質や特徴から犯人の特徴や背景を推論することです。内部告発者は英語では whistleblower ですが、文字通り警鐘を鳴らす者ですね。組織が法律違反を行う場合にはこれに関する内部告発者は保護されます。日本では、公益通報者保護法というものがあり、米国ではWhistleblower Protection Act があります。http://www.caa.go.jp/seikatsu/koueki/gaiyo/jobun.htmlただし、告発者の雇用や処遇が保護される告発の対象は、事前に規定された法律に列挙されたものに限られるのです。たとえば業界の闇カルテルや企業ぐるみのトラックの違法積載、違法な土木工事、環境汚染となる違法投棄といったものですね。政治的な内部告発者は、もちろんこのような線引きを意図的に越えたところで行動に出たわけです。
  • 内部告発者は組織の忠誠義務の違反者だということですね。
  • 義務というのは特定の社会的な秩序に対して成されるものです。しかし社会的な秩序にはレイヤーがあるのです。ある秩序を作り出す秩序、そのまた秩序を作り出す秩序、というようにね。たとえば特定の政権はある外交政策を作り出しますが、その政権を作り出したのは代表制選出制度と民主主義です。ある外交政策──たとえばベトナム戦争のような──が、民主主義というより根源的な秩序のプラットフォームに違反している、というのが真剣な内部告発者の主張だということになります。かれらの忠誠はこの下位のより根源的なレイヤーに対して向けられる訳です。理念的には、ですが。
  • なにを言っているのかわかりません。
  • つまり内部告発者は公共(publicness)の再定義を独自にしている訳ですね。言ってみれば「a 正しい公共」ということです。
  • それは菅首相の言う「新しい公共」の不定冠詞単数型ですか?!
  • 親父ギャグです。
  • だんだん混乱してきました。それが情報社会とどう関係するのですか?
  • 情報社会では声の大きい者たちによる「a 正しい公共」s が散乱していくのです。それを統合するのは、一つは権力です。これは上から暴力的に公共の数を減らします。もう一つは empathy です。これは個々人が想像力によって公共の数を縮約します。Empathy という言 葉を使ったのは共感=sympathy と区別するためです。感情的な共感ではなく、他者が何故このような行動を取ったのかという理解についての想像力ですね。
  • 『道徳感情論』ですか?少し古くありませんか?それがプロファイリングと結びつくわけですか?
  • さすがBS○○ですね。大丈夫です。まだモダンです。そうです。それがプロファイリングと関係してくるわけです。公的組織の中にいる人たちは権力の怖さを良く知っていますから、内部告発をするというのはよほどのことです。彼らは社会的生命を賭しているわけですから、一種のダイイング・メッセージですね。ダイイング・メッセージぐらいは皆で落ち着いて考えようじゃないか、と。情報過食症とPV 乞食を脱して、と。契約的な社会システムを措定する正義ではなく、特定の他者の顔を想定した正義を、というヤツですね。海保の方も「皆に自分の問題として考えて欲しかった」と言っています。そしてひとりひとり、自分が今度内部告発者にならずに済んだ幸運を密かに喜ぶのです。
  • いきなり正義論ですか?まさかデリダの「法の力」とか出てくるのではないでしょうね。想像力とempathy に一体どのような効果があるのですか?
  • それが公共を暴力的に減らそうとする権力の一つの対抗措置になります。そうでなければモニタリングの強化というシステム側の闇雲な制度設計の繰り返しがあるだけです。
  • よくわかりませんが何か面白かったような気もします。とくに後半について勉強になったと言いたいところですが、もう少し分かり易く言っていただかないと番組は困ります。ともかく今日はどうもありがとうございました。(締めのコメント)
  • ありがとうございました。